否定と肯定【今週末見るべき映画】

2017年 12月 7日 08:00 Category : Art

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 ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)はなかった。そう思う人は、おそらくいないと思うが、なかには、いる。日本軍による南京大虐殺はなかった。そう思う人は、おそらくいないと思うが、なかには、いる。

 そもそも、歴史的事実とは何か、思想とは何か。映画を見るたびに、いつも脳裏をよぎる。歴史的事実をどう捉えようと、なにを考えようと、そもそも自由である。では、自由であるべき思想のために、歴史的事実を歪めてもいいのだろうか。


 そう古い話ではない。その裁判は、2000年1月、ロンドンの王立裁判所で始まる。裁判の始まる数年ほど前。イギリスの歴史学者、デイヴィッド・アーヴィングは、「ユダヤ人のホロコーストはなかった」と主張し続けている。ユダヤ人女性の歴史学者、デボラ・リップシュタットは、自らの調査をまとめた著作で、ホロコーストを否定するアーヴィングを非難する。アーヴィングは、王立裁判所に、リップシュタットを名誉毀損で訴える。

 この裁判を回顧して、リップスシュタットが書いた本を原作にして描いた映画が、「否定と肯定」(ツイン配給)だ。映画のタイトルとしては、やや堅い雰囲気だが、はたして、受け入れられるタイトルかどうか。原題は、「DENIAL」で、ズバリ、「否定」だ。


 リップシュタットのこの著書は、映画の公開に合わせたのか、邦訳が出ている。『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』(ハーパーコリンズ・ジャパン 山本やよい 訳)だ。

 イギリスでの裁判である。イギリスの司法制度では、名誉毀損で訴えられた側が、立証責任を負う。つまり、今さらではあるが、被告のリップシュタット側は、アーヴィングの主張する「ホロコースト否定論」のあやまりを立証しなければならない。

 当初、リップシュタットは、アメリカでの裁判のありようと異なることに、戸惑い、反発をおぼえる。

 イギリス人たちの弁護団は、とにかく、歴史的真実を積み重ねるといった、地味な作業を続ける。原告のアーヴィングの古い日記を精査する。そして、アーヴィングの記憶違い、誤解を、ことこまかに洗い出していく。

 同時に、丹念な、アウシュヴィッツの現地調査を重ねる。やがて、リップシュタットは、弁護団の戦術がいかなるものかを理解していくことになる。


 史実に基づいた映画である。しかも、法廷劇。演じる俳優は、無名でも、よほど芸が達者でないと、務まらない。本作は、達者な演技をみせる著名な俳優が顔をそろえる。被告のリップシュタット役は、レイチェル・ワイズだ。「ナイロビの蜂」、「ロブスター」、「グランドフィナーレ」など、どんな役柄を演じても、気合いがこもっていると思う。

 名誉毀損で訴える歴史学者、アーヴィングには、「ターナー、光に愛を求めて」で、ターナーを演じたティモシー・スポールが扮する。インテリの憎まれ役で、差別主義者らしさを漂わせ、熱演だ。弁護団のジュリアス役にアンドリュー・スコット、ランプトン役にトム・ウィルキンソン。この弁護団のふたりが、冷静沈着、風格を漂わせて、リアリティたっぷり。


 スタッフも実績あるメンバーばかり。監督のミック・ジャクソンは、テレビ畑だが、ケヴィン・コスナーの出ていた「ボディガード」を撮っている。また、脚本は、「めぐりあう時間たち」や「愛を読むひと」を書いたデヴィッド・ヘアである。音楽は、ハワード・ショア。「羊たちの沈黙」、「フィラデルフィア」、「ヒューゴの不思議な発明」、「スポットライト 世紀のスクープ」などの傑作に、スコアを提供している。

 法廷で、アーヴィングに迫る弁護団の立証過程が、サスペンスたっぷり、一級の法廷劇だ。一見、遠回りに思えても、根回し、下準備がある。弁護とはかくあるべき見本のよう。

 国会での野党の質問を見ていると、ふがいない。追求が手ぬるい。明け方まで放映している討論番組を見ても、討論が稚拙。とても日本を代表する論客たちの討論と思えない。進行役が平気で、他人の発言を遮る。あげくは、複数の人物が一斉に話し出す。質問に立つ野党の議員さんや、テレビ討論に出る人たちは、映画「否定と肯定」の弁護団の話し方、論理の組立てを見て、もっともっと、勉強されてはいかがかと思う。


 映画「否定と肯定」は、さまざまな問題を提起する。歴史の真実は、やはり、存在する。それを、どう未来に生かすか、である。単なる裁判劇ではない。なぜ、一流の歴史学者が、訴訟を起こしたのか。リップシュタットが言う。「わたしがユダヤ人で、女だったから」と。これもまた、真実だろう。


 日本は被爆国である。国際的に、日本が主張し、提案しなければならないことは、たくさん、あるはず。ホロコーストの真実を伝え続けている映画は、数多くある。それにひきかえ、わが日本の映画は?。

●Story(あらすじ)
 1994年。ユダヤ人女性のデボラ・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)は、ジョージア州アトランタのエモリー大学で、ユダヤやホロコースト関係の歴史を教えている。講義を聞く学生のなかにまじって、ホロコースト否定論者の歴史学者のデイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)がいる。アーヴィングは、学生たちに叫ぶ。「リップシュタットは、ウソばかり言っている」と。

 リップシュタットは、ホロコーストを否定する人たちを調査し、著作のなかで、アーヴィングを鋭く批判した。1996年、アーヴィングは、名誉を毀損されたと、リップシュタットを訴える。

 リップシュタットは、訴訟を受けて、イギリスの辣腕の弁護士、アンソニー・ジュリアス(アンドリュー・スコット)に弁護を依頼する。ジュリアスは、イギリスの法廷事情を説明する。「イギリスの法廷では、訴えられた側に、立証責任がある」と。

 1998年。リップシュタット側の弁護団は、ロンドンのアーヴィング邸を訪ねる。裁判の資料として、アーヴィングの古い日記を入手したいと申し入れる。アーヴィングは、その膨大な日記の閲覧を許可する。

 裁判の方針をめぐって、リップシュタットはロンドンに出向き、弁護団と相談する。弁護団を代表するジュリアスは、法廷では、ホロコーストの生存者には証言させない、あくまでも、アーヴィングの著作や日記から、その誤りを証明する、との方針を示す。

 裁判には多くの費用がかかる。リップシュタットは、その資金集めに、ロンドンのユダヤ人組織のリーダーたちに会うが、逆に「示談にしてはどうか」と勧められる。

 ジュリアスは、法廷弁護士のリチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)を仲間に引き入れる。ランプトンたちは、アウシュビッツの実地調査を開始する。ランプトンには、深い考えがあり、リップシュタット自身が法廷で証言させない方針である。リップシュタットは、不満をぶつける。

 2000年。裁判が始まる。当然、ホロコーストの生存者たちも詰めかけ、リップシュタットに、証言をしたいと申し出る。リップシュタットは、生存者たちに証言させるとの約束をしてしまうが、弁護団の説得で、その約束を裏切ることになる。

 裁判が進む。はたして、リップシュタットたちは、アーヴィングの訴えを覆すことができるのだろうか。(文・二井康雄)


<作品情報>
「否定と肯定」
(C)DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016


2017年12月8日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト

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