ルージュの手紙 【今週末見るべき映画】

2017年 12月 8日 09:00 Category : Art

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 イソップの童話を下敷きにしたラ・フォンティーヌの寓話に、「アリとキリギリス」の話がある。キリギリスではなく、セミとの説もあるが、ともかく、キリギリスはひと夏じゅう、鳴き続ける。冬、食料が亡くなり、アリのところに行って、食料をねだる。いわば、しっかり者となまけ者のたとえに使われるようだが、フランス映画「ルージュの手紙」(キノフィルムズ、木下グループ配給)には、万事ストイックで、アリのような女性クレールと、自由奔放、キリギリスのような女性ベアトリスが登場する。クレールの父親の元の妻がベアトリスで、ふたりは、血のつながっていない義理の母娘である。この、正反対な性格をした母娘が、30年ぶりに再会する。


 クレールは、助産婦として堅実に働いている。ある日、クレールに、ベアトリスから留守電が入る。「会いたい」という。聞くと、ベアトリスは、重い脳腫瘍とのこと。ベアトリスは、クレールの父の前の妻で、クレールの父は元気かと聞く。クレールの父は、突然、家を出ていったベアトリスのせいで、自殺している。訳を話すクレールの前で、泣き出すベアトリス。

 当初、ベアトリスに冷たい態度をとっていたクレールだったが、やがて、ベアトリスの奔放な生き方に接し、人生の意味を問い直すことになる。そして、ベアトリスもまた、自らを振り返る。


 今年の6月に開催されたフランス映画祭のオープニングを飾った作品だ。その折り、来日したカトリーヌ・ドヌーヴが、ベアトリスに扮する。クレール役は、「大統領の料理人」や「偉大なるマルグリット」などのヒット作に主演したカトリーヌ・フロ。ふたりの大女優が、がっちりと渡り合う。近頃、これほどの演技合戦はないのではないかと思えるほど、見ていて、爽快、そのやりとりが、絶妙なのだ。反発しながらも、ベアトリスを受け入れていくクレール。ベアトリスは、クレールに必死に寄り添う。


 クレールの唯一ともいえる趣味が、家庭菜園での作業。となりの菜園にいる、あまり風采のあがらない中年男ポールが、クレールになにかとちょっかいを出す。どこかで見たことがあると思っていたら、ダルデンヌ兄弟の「イゴールの約束」、「息子のまなざし」などに出ていたオリヴィエ・グルメだった。ここでは、後半、その役回りが重くなっていくが、軽快、達者にこなしていく。


 本作の脚本をカトリーヌ・ドヌーヴのために書いたというマルタン・プロヴォが監督する。「セラフィーヌの庭」、「ヴィオレット ある作家の肖像」の脚本、監督である。笑いと涙、軽妙さと重厚さが、ほどよく配置され、並々ならぬ演出力と思う。


 プロヴォの選曲かと思うが、イタリア生まれの俳優、歌手のセルジュ・レジアニの名曲が3曲、重要なシーンで使われる。「僕の自由」、「彼は苦しまない」、「狼たちはパリに侵入した」だ。俳優としてのセルジュ・レジアニは、古くはマックス・オフュルス監督の「輪舞」や、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「山猫」、テオ・アンゲロプロス監督の「蜂の旅人」など、多くの映画に出演している。シャンソンを唄いだしたのは40歳を過ぎてからで、その説得力ある歌唱に、多くのファンがいる。


 原題は、そのものズバリで、「助産婦」。「ルージュの手紙」というタイトルの意味は、ラスト・シーンまで分からない。ヒントにはならないが、クレールの自殺した父親が、キスがたいへん上手だった。

 もとより、人間は、アリのような側面とキリギリスのような側面とを持ち合わせる。クレールとベアトリスの相反する性格が歩み寄るのも、ごく自然の流れだろう。ふたりは、おたがいの人生を理解しあい、受け入れていく。

 ラストのベアトリスのある決断が、哀切を帯びた人生賛歌。こらえても、涙となる。

●Story(あらすじ)

 パリ郊外の病院。腕のいい助産婦のクレール(カトリーヌ・フロ)は、今日も出産に立ち会っている。クレールは、医学を志す息子シモン(カンタン・ドルメール)とふたりで、ひっそりと暮らしている。勤務明けのクレールに、留守電が入っている。クレールの父親の前の妻、ベアトリスからで、「いますぐ、会いたい」という。

 ベアトリスとは血のつながっていないクレールだが、ふたりが会うのは30年ぶりになる。いまさらと思いながら、クレールはパリに向かう。

 酒好きのベアトリスは、ウイスキーで乾杯しようとする。49歳になったというクレールに、「昔から老け顔ね」と、ベアトリスは歯に衣を着せない。ベアトリスは、末期の脳腫瘍と告げ、「あなたのお父さんに会いたい」という。クレールの父は、有名な水泳の選手だったが、突然、ベアトリスが家を出たのを苦に、ピストル自殺している。クレールは、ベアトリスに隠していた事実を告げる。なにも知らなかったベアトリスは、急に泣き出す。

 帰ろうとするクレールに、ベアトリスは、「あなたのお父さんからもらったのよ」と、高価な指輪を差し出す。

 ベアトリスは、昔から自由奔放、つきあった男性も多いく、酒とギャンブルが好きである。地味で、真面目なクレールとはまるで正反対だ。

 ベアトリスから、近く、脳腫瘍の手術をするという連絡が届く。またパリに出たクレールは、ベアトリスに詰め寄る。「なぜ突然、父の前から消えたの?」と言い放ち、クレールは席を立つ。追いかけるベアトリス。「あなたのお父さんは、唯一、愛した人よ。ただ、水泳教室の先生になるといった野心のない男は嫌だと思ってしまった」とベアトリス。

 息子のシモンから電話が入る。シモンとその恋人の3人で会うことになる。場所は、クレールの唯一の趣味である家庭菜園だ。菜園のお隣さんは、ポール(オリヴィエ・グルメ)という中年男で、どうやら、クレールに気があるようだ。本職は、国際貨物を運ぶ大型トラックの運転手だ。

 クレールは、シモンの恋人が妊娠していることが分かる。しかも、シモンは、目指していた外科医をあきらめ、助産師になりたいと言う。動揺するクレール。

 ポールは、クレールを誘って、小高い山の頂上に登る。ポールに心を開きかけているクレールが、ふとポールに尋ねる。「過去に自分を裏切った人が現れたら?」。ポールは答える。「俺なら、避けるが……」と。

 ベアトリスの手術が終わる。どうやら、手術はうまくいったようだ。このまま、ほうっておけないクレールは、ベアトリスを見舞う。直後、クレールは、ベアトリスから思いもかけない事実を聞くことになる。

 クレールの父は、ベアトリスの唯一、愛した男でもある。ふたりに、その思い出がよみがえってくるのだが……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ルージュの手紙」
(C)CURIOSA FILMS – VERSUS PRODUCTION – France 3 CINEMA

2017年12月9日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
公式サイト

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