謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス 【今週末見るべき映画】

2017年 12月 15日 08:00 Category : Art

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 マドリードから約50km、バスで1時間ほどのエル・エスコリアルに、10日ほど滞在したことがある。ここには、フェリペ2世が建てたという大きな修道院や、美術館、博物館のような図書館、王家歴代の墓所まである。ついでに、マドリードのプラド美術館に、二度ほど出かけた。まっさきに見たのは、ゴヤである。いちばん長い時間、見ていたのは、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」だ。よく見ても、訳が分からない。奇怪そのもの。だが、なぜか、心騒ぎ、引き込まれてしまう絵だ。


 高さ2メートル20センチ、幅4メートル少しの「快楽の園」は、広げると三連の屏風のよう。教会の祭壇に飾るために描かれたので、三連祭壇画という。左には、キリストに模した神と、アダムとイブが描かれ、タイトルは「地上の楽園」。中央は、現世の乱雑さ、快楽を求めて、まるで乱交にふけっているような人間たちが描かれていて、タイトルは「快楽の園」。右が、タイトル通り、「地獄」。つまり、左の絵は、神の御業から、人間がこの世に現れたことを示し、中央の絵は、人間の堕落。そして、右の絵は、堕落した人間たちが、地獄に墜ちていく、あるいは、墜ちたさまを描いている、と言われている。ふつう、3枚まとめて、「快楽の園」と呼んでいる。

 ではいったい、ボスは、何のために、誰のために、このような絵を描いたのか。ドキュメンタリー映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」(アルバトロス・フィルム配給)は、この謎に迫る。

 映画の冒頭に、映画監督のアンドレイ・タルコフスキーの言葉が出てくる。「その心の声こそが 芸術家を動かす真実なのだ」。


 いろんな人が、ボスについて、「快楽の園」について、語る。「単なる画家の枠には収まらない人物だ」。「一緒に楽しもうと、絵のなかに誘っている」。「聖職者が教会で説く真実をこの絵は語っている」。「神への挑戦よ」。

 X線で見ると、下絵には、サンショウウオが描かれていたことが判明する。本や人間の尻に書かれた楽譜は、「音楽に潜む悪魔」という、使ってはいけない音程だそうだ。この楽譜を、古楽器で再現し、ソプラノ歌手のルネ・フレミングが唄う。シンプルな、いいメロディで、格別、「悪魔」を連想しない。

 三連の細部を見ると、確かに、奇怪だ。人間、動物、植物をはじめ、いろいろなものが描かれている。祭壇画だから、教会の依頼によって描かれたものと推測はできるが、詳しいことは、分かっていないようだ。


 世界じゅうのいろんな人が、いろんなことを言う。美術史家、歌手、作曲家、作家、画家、音楽学者、写真家、美術館館長、哲学者、歴史家、漫画家などなど、いろんな人が登場する。知っているのは、ルネ・フレミングと、漫画家のマックスぐらいだけだが、それほど、みんな、ボスについて、「快楽の園」について、語ろうとし、語る。

 ボスの絵の怪奇さは、言葉では表しにくい。それくらい、怪奇さがはんぱではないのである。どうやら、ボスの描いた絵のもとは、教会建築を飾る彫刻や、写本のなかに描かれた挿し絵、死後の世界について書かれた物語などを引用、発展させたものらしい。

 ボスが、何のために、誰のために、「快楽の園」を描いたのかは、推測の域を出ず、その詳細は、いまだ明かされていないようだ。これは、明かすものではなく、この絵を見た人が、それぞれに感じとればいいのではないかと思えてくる。

 「いろんな解説など、どうでもいい。見たままでいいんだ」という人もいるが、「不幸を増やしてはいけないとの訴え」と語る人もいる。

 この怪奇な表現は、いろんな人間が、こころのうちに持つ闇の部分を示していると思われる。ボスから多大の影響を受けたといわれているブリューゲルの「バベルの塔」もそうだが、これは、奢りたかぶり、快楽をむさぼり続ける人間への警鐘ではないか。


 監督は、ホセ・ルイス・ロペス=リナレス。高級料理の世界的なコンテストに出場するスペイン・チームを追ったドキュメンタリー「ファイティング・シェフ 美食オリンピックへの道」を撮ったドキュメンタリー作家だ。また、撮影監督として、「イベリア 魂のフラメンコ」や、「ベジャール、そしてバレエはつづく」などを撮っている。プラド美術館から依頼された映像製作の仕事も多く、本作もまた、プラド美術館の全面協力を得ている。

  監督の選んだ音楽が、たまらなく、いい。ジャック・ブレルのシャンソンで、一部オランダ語がまじる「Mijn Vlakke Land」。エルヴィス・コステロの「オベロン・アンド・ティタニア」。まるで「快楽の園」に捧げたような歌詞で、ラナ・デル・レイの唄う「Gods&Monsters」。カール・リヒターのオルガンで、バッハの「マタイ受難曲」よりアリアの「憐れみたまえ、わが神よ!」。エストニア生まれのアルヴォ・ペルトが自作自演する「主の祈り」などなど。古典からシャンソン、ロックと、完璧なまでの選曲だ。

 ちなみに、映画でもふれているが、1591年、ボスの「快楽の園」は、フェリペ2世が買い取り、エル・エスコリアルの王家の居室に飾られたという。教養あるフェリペ2世は、人間の行いのすべてが、神の審判を受けると考えていた。単に、ボスの絵が好きだったからだけではないようだ。

 「快楽の園」は、全部であれ、一部であれ、きっと、どこかで、誰しもが目にしたことがあるはずだ。そして、奇怪な、訳の分からない絵だと感じる。だが、映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」をご覧になると、「快楽の園」だけでなく、絵画そのものの見方まで、変わってくるのではないかと思う。(文・二井康雄)

<作品情報>
「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」
© Museo Nacional del Prado © López-Li Films

2017年12月16日(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー
公式サイト

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