アランフエスの麗しき日々 【今週末見るべき映画】

2017年 12月 15日 08:00 Category : Art

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 スペインのアランフェスは、王家の夏の離宮があったところ。一般には「アランフェス」と表記するが、スペイン語の発音では、「アランフエス」が近いらしいので、表記は「アランフエス」で統一する。

 ホアキン・ロドリーゴの「アランフエス協奏曲」というギター協奏曲が大好きで、かなり前に、マドリード郊外のエル・エスコリアルから列車で、アランフエスに出かけた。エル・エスコリアルからは、1時間もかからないほどの距離。暑い夏の日である。


 静かな町のはずれの広い庭園に、立派な宮殿がある。噴水があちこちにある。いまは知らないが、そのころ、観光客はまばら。ほんとうに静かで、音といえば、風に揺れる樹々の葉音に、噴水の水の音、ときおり聞こえる鳥たちの鳴く声くらい。庭園を出ると、もう夕方。だが、まだ明るく、暑い。駅の近くのバルで呑んだビールと、少し焼き色のついたスペイン・オムレツがうまかった。

 映画「アランフエスの麗しき日々」(オンリー・ハーツ配給)は、タイトルに「アランフエス」がついている。しかも「麗しき日々」とある。監督は、ヴィム・ヴェンダースだ。見るしかない。


 原作がある。ヴェンダースとは、「まわり道」や、「ベルリン・天使の詩」などでコンビを組んでいるペーター・ハントケの同名戯曲である。

 さっそくに原作の戯曲を読んだ。サブタイトルに、「夏のダイアローグ」とある。特定されないある場所。夏の一日。一人の男と一人の女が、戸外のテーブルを挟んで座っている。ふたりは、見つめ合ったりせず、樹々の葉ずれを聞いている。ときおり、ツバメが飛び、鳴く声がする。ふたりは、話しはじめる。


 ドラマらしき展開は、ない。男は女に、はじめての男性体験を聞く。女は答えず、木立ちのあいだを飛ぶノスリの話をする。男は、ノスリではなく、タカだと指摘し、また、男との初めての夜について聞く。女は、夜ではなく、愛の行為の相手は、男ではなく女だったと言う。さらに、話せと男。命令されると、話す気がなくなると、女。

 男は、これが最後の夏かもしれないと言い、命令をしているわけではないと言う。女は子どもだったころ、リンゴ園でブランコに乗った話を始める。男はリンゴを手に、またもや女に、性体験のことを聞く。


 静かな夏の日である。ツバメやトンボが話題になる。男は、アランフエスに行ったときのことを話し出す。こんどは、女のほうが、もっと話して、と言う。男は、なお、女に、いままでの男たちとの話の続きを聞く。

 ぐいぐいと、このような男と女の会話に引き込まれていく。ふたりが、どういった関係かは分からないが、そのつきあいは長そうだ。会話は、一見、かみあっていそうで、まったく、かみあわないところもある。

 男と女は、かなり教養豊かで、知的な会話と思うが、なんとも男は俗物そのもの。女も、美人だと思うが、かなり屈折した過去を持っているようだ。

 ふたりは、ふだん、みんなが見過ごしているような事物について、話す。スズメが砂浴びした後にできる地面のくぼみ。小屋の節穴から漏れる光。いろんな花や実の色。湖の底の色。タバコの吸い殻……。こんなことは、どうでもいいはずなのにと、つい、思ってしまうが、やがて、男と女の心理、生理のちがいが、くっきりとしてくる。


 多くの文学作品や映画、音楽が引用されている。ホラティウスの「詩論」の一節。映画「地上より永遠に」。エディット・ピアフの「水に流して」の一節。テネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の電車」。映画「フォー・ウェディング」の主題歌「ラブ・イズ・オール・アラウンド」。エデン・フォン・ホルヴァートの戯曲「ウィーンの森の物語」。パウル・ツェランの詩集「光の強迫」にでてくる言葉……。

 ふたりとも、巧みなレトリックを駆使して、話す。やがて突然、「音」が聞こえてくる。ト書きにはこうある。「低空飛行する一機の飛行機の轟音、一台のヘリコプターの爆音、一台のパトカーの、救急車のサイレン、複数の救急車の、複数のパトカーの。」(論創社・阿部卓也 訳)。


 ヴェンダースは、ほぼ戯曲の会話を映像にするが、舞台は、パリ郊外に設定している。ヴェンダース初のフランス語による映画だからだろう。原作には、ドイツ語版とフランス語版があるせいかもしれない。また、映画のオリジナルとして、ヴェンダースは、会話の書き手である作家を登場させ、作家が、男と女の会話をタイプライターで書き進めている設定を加える。さらに、もう一人、「ベルリン・天使の詩」で、「フロム・ハート・トゥ・エターニティ」を唄っていたニック・ケイヴが登場する。

 男に扮するのはレダ・カテブ。「永遠のジャンゴ」では、ジプシーの名ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト役を力演したばかり。女に扮したのは、ヴェンダースの「愛のめぐりあい」に出ていたソフィー・セミン。まるで、男という存在を、せせら笑うかのような雰囲気を、ごく自然に醸し出す。私生活では、ペーター・ハントケのパートナーである。

 作家に扮し、冒頭と途中で何度か登場するのは、イェンツ・ハルツ。映画で見るのは初めての俳優で、主に舞台で活躍しているようだ。

 音楽は、ジュークボックスから聞こえてくる。ペーター・ハントケの、ソリア地方を舞台にした「ジュークボックスについての試み」へのオマージュだろう。まず、ルー・リードの「パーフェクト・デイ」。そして、ゲストのニック・ケイヴが、「イントゥ・マイ・ハウス」をピアノで弾き語る。さらに、戯曲と映画のテーマをほのめかすように、ガス・ブラックの「ザ・ワールド・イズ・オン・ファイアー」が流れてくる。「他に何も言うことはない 世界は燃えている そして僕は君を愛している、君を愛している……」

 ペーター・ハントケが「アランフエスの麗しき日々」を書いたのは、2012年である。ほぼ10年前に、アメリカで同時多発テロ事件が起きた。以降、世界じゅうの作家や映画監督の一部の人たちは、その作品に「9・11」をテーマに忍ばせる。「アランフエスの麗しき日々」には、アランフエスは会話のなかにしか出てこないが、突如、飛行機の轟音、ヘリコプターの爆音、多くのパトカー、救急車のサイレンが聞こえてくる。

 アランフエスは、麗しいかもしれないが、いま世界は燃えていて、戯曲、映画の「アランフエスの麗しき日々」は、男と女の、決して、単なる会話劇ではない。(文・二井康雄)

<作品情報>
「アランフエスの麗しき日々」
(C)2016-Alfama Films Production-Neue Road Movies

2017年12月16日(土)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

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