ジャコメッティ 最後の肖像  【今週末見るべき映画】

2018年 1月 4日 08:00 Category : Art

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 極端に細長い人間の彫刻を目にしたことのある人は多いと思う。スイス生まれの彫刻家、画家のアルベルト・ジャコメッティの作品だ。

 昨年の6月、国立新美術館の開館10周年記念とやらで、ジャコメッティの大きな展覧会が開かれた。没後50周年という。彫刻やスケッチ、本への挿し絵など、ざっと150点。壮観のひとことに尽きる。

 広いフロアに、「女性立像」、「歩く男」、「頭部」が並ぶ。ジャコメッティの作品は、作っては壊し、壊しては作ると言われている。つまり、究極の完成形は、ないのだそうだ。9体からなる女性像「ヴェネツィアの女」は、細長い女性の彫刻で、ひとつひとつ、どこかしら、微妙に違っている。細い体のイヌやネコもいる。

 デッサンでは、パリで親交のあった哲学者、矢内原伊作の肖像画がある。描きあげるのに、のべ230日もかかったらしい。そのほか、風景画、静物画などなど。


 新年早々、「ジャコメッティ 最後の肖像」(キノフィルムズ、木下グループ配給)という映画が公開となる。ドキュメンタリーではなく、劇映画である。ここ数年、ドキュメンタリー映画を含めて、画家や音楽家、建築家、デザイナーなどを描いた、いわゆるアート系の映画が多く公開されるなか、これは出色の出来。俳優たちの演技が見事すぎて、ケチのつけようがない。イギリスの映画だが、英語、フランス語、イタリア語が飛び交う。

 舞台は1964年のパリ。展覧会のさなか、ジャコメッティは、アメリカの作家、美術評論家のジェイムズ・ロードに、肖像画のモデルを依頼する。ロードは帰国寸前で、ジャコメッティの、「1、2時間で描きあげる。遅くとも夕方まで」の言葉に、モデルを引き受ける。ところが、その日はおろか、何日経っても、絵は完成しない。

 ドラマは、晩年のジャコメッティの2、3週間を切り抜く。いささかコメディ・タッチ。ジャコメッティは、気まぐれで自分勝手、自らの目で見えたものを彫刻し、絵にする。すでに大家、画廊から届いた200万フランという大金にも拘らない。終始、ジャコメッティの、完璧を目指すがゆえの苦悩と、そのリアクションの日々が、ロードの視点から、精細に綴られていく。


 ジャコメッティ役は、「シャイン」で、アカデミー賞の主演男優賞を受けたジェフリー・ラッシュだ。ロード役は、最近では、「ノクターナル・アニマルズ」に出ていたアーミー・ハマーで、今年4月の日本公開、「君の名前で僕を呼んで」が控えている。ハマーの曾祖父が、石油王アーマンド・ハマーで、世界有数の美術コレクターでもある。出自のなせる業、アーミー・ハマーの演技には、自ずと品のよさが漂う。

 ジャコメッティは、背が低く、小太りだったらしい。背の高いジェフリー・ラッシュが、どう演じるかが、けだし見もの。ジャコメッティは、ピカソやマチス、シャガールにも毒舌を吐く。ことに、盟友だった時期もあるピカソへの批判は、痛烈だ。また、ジャコメッティは、絵のモデルでもある妻のアネットがいるのに、愛人なのか娼婦なのか判然としないカロリーヌという女性を愛していて、カロリーヌといっしょのときは、すこぶる機嫌がいい。


 一方、良家の出であるロードは、礼儀正しく、温厚。アーミー・ハマーだからこそで、これは適役だろう。ロードは、ジャコメッティの仕事ぶりを間近に見ることができる喜びを隠さない。傍若無人なジャコメッティに従い、なかなか完成しない絵に、半ばあきれながら、単なるモデルを超えて、深くつきあっていく。

 主役ふたりのやりとりを、しっかり支える脇役たちが、実にいい。映画の成功は、支える脇役たちの力量が必須条件だろう。


 奔放なジャコメッティを許し、辛い立場を耐える妻のアネット役にシルヴィー・テステュー。「ビヨンド・サイレンス」や「ルルドの泉」に出ていた、もはや大女優だ。

 ジャコメッティの弟で、ジャコメッティの仕事の有能な助手でもあるディエゴ役が、トニー・シャルーブ。飄々として、兄の仕事を支え、なにかとロードの相談相手になってやる。コーエン兄弟の「バートン・フィンク」や、「シェフとギャルソン、リストランテの夜」に出ていた。シャルーブのコクのある芝居、セリフ回しに、うん、これは巧い、とうなずいてしまう。


 ジャコメッティの愛人で、自由奔放なカロリーヌに扮したのはクレマンス・ポエジー。「ハリー・ポッター 炎のゴブレット」でブレイクした女優さん。その天然ぶりが絶妙だ。

 「天才」などといわれる芸術家たちは、人間として、どこかおかしな部分を抱えている。ジャコメッティもまた、ふつうの感覚では、計りしれない作家だったことがよく分かる。

 大天才の晩年に迫る、スケッチのような小品だが、すぐれた俳優たちの達者な演技に、あっという間の1時間30分。


 ジャコメッティのモデルを務めたジェイムズ・ロードの著作「ジャコメッティの肖像」をもとに、脚本を書き、監督を務めたのは、渋い脇役で、多くの映画に出ているスタンリー・トゥッチだ。10年ほど前に書いた脚本が、やっと実現する。ジャコメッティという偉大な作家の本質を、晩年のわずかな日々のなかに凝縮した手腕は、お見事。

 1964年にヒットした、懐かしいフレンチ・ポップスが聴ける。フランス・ギャルの「ジャズ・ア・ゴー・ゴー」だ。ジャコメッティの心理と隔たって、アクセントが効いて、軽快そのもの。

 天才作家の挙動を、粋に描いて痛快。新年、美術ファンはもとより、初めて見る映画として、超おすすめ。

●Story(あらすじ)
 1964年、パリ。世界的に有名な彫刻家、画家のアルベルト・ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)の展覧会が開かれている。ジャコメッティは、10年来の友人で、美術評論を手がけているジェイムズ・ロード(アーミー・ハマー)に、肖像画のモデルを依頼する。ロードは、アメリカに戻る寸前だったが、他ならないジャコメッティの依頼である。しかも、「すぐに描きあげる」とジャコメッティは言う。作家でもあるロードは、ジャコメッティの仕事を間近に見ることができるとばかり、帰国を遅らせて、ジャコメッティのアトリエに向かう。

 1日目。ジャコメッティの自宅を兼ねた、狭く汚いアトリエには、作りかけの作品がズラリ。ここに、ジャコメッティの妻アネット(シルヴィー・テステュー)と、ジャコメッティの弟ディエゴ(トニー・シャルーブ)が住んでいる。

 ジャコメッティは、タバコを吹かしてカンバスをセットする。「肖像画とは決して完成しないものだ」などと呟きながら。そこに、ジャコメッティの愛人のようなカロリーヌ(クレマンス・ポエジー)がやってくる。そんな様子を黙認するかのように眺めるのは、ジャコメッティの妻アネット(シルヴィー・テステュー)だ。ジャコメッティ、ロード、カロリーヌの3人は、バーに繰り出す。

 2日目。ロードの帰国が明日に迫っている。デッサンが始まるが、そこに画廊から200万フランもの大金が届く。お金に執着のないジャコメッティは、冗談まじりに、どこにお金を隠すか、ロードに相談したりする。ロードは、「モデルの仕事が長引きそう」と、アメリカにいる恋人に電話をし、飛行機のチケットをキャンセルする。

 3日目。画廊から、ジャコメッティの裸体画、風景画が戻ってくる。代わりに、ジャコメッティは、スケッチを数点、差し出す。ほくそ笑むジャコメッティだが、画廊側は大喜びで帰っていく。製作が続く。突然、「ダメだ!」と叫ぶジャコメッティ。ジャコメッティ、アネット、ロードの3人は、ランチに出かける。ロードは、製作の行方について、アネットに相談する。「慣れるわよ」とアネット。

 4日目。「飲もう」と提案するジャコメッティ。その気になったロードだが、いつもの気まぐれか、ジャコメッティは「描こう」と、アトリエに戻る。ふたりは散歩に出かける。疲れたジャコメッティは、ベッドで休んでいる。ジャコメッティの友人、矢内原伊作(タカツナ・ムカイ)が訪ねてきて、アネットと仲良くベッドに横たわっている。さらに、カロリーヌもやってきて、「私を描いて」と、ジャコメッティに迫る。ロードは、ただぼんやりと、矢内原とアネット、ジャコメッティとカロリーヌを、眺めているだけ。

 5日目。ロードがアトリエに着くと、ジャコメッティはいない。「そのうち、戻るさ」とディエゴ。ディエゴはロードに、ジョン・ル・カレの小説「寒い国から帰ってきたスパイ」を読んでいるという話をする。ジョークで、ロードに「君はスパイかも」と言う。ロードは、「スパイです」と切りかえす。

 「リトグラフ用に描いたデッサンが転写できなかった」と言って、怒りながら、ジャコメッティが戻ってくる。紙が古いためで、癇癪をおこしたジャコメッティは、ほかのスケッチもろとも、燃やしてしまう。

 カロリーヌの行方が分からない。ジャコメッティは、すっかり製作意欲を無くしている。ロードは、何度目かになる航空機のキャンセルをする。

 9日目。散歩するジャコメッティとロード。ジャコメッティは、セザンヌを誉めるが、ピカソ、マチスには、「過去の模倣だ」と、厳しい評価を下す。

 12日目、13日目。製作ははかどらない。ロードは、なかばあきらめながら、ジャコメッティの苦悩するさまを目撃し続ける。

 はたして、ロードの肖像画は、完成するのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ジャコメッティ 最後の肖像」
(C)Final Portrait Commissioning Limited 2016

2018年1月5日(金)、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト

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