ベロニカとの記憶 【今週末見るべき映画】

2018年 1月 18日 08:00 Category : Art

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 ある程度の年齢になると、確実に老いを覚える。一般論ではあるが、肉体的にも精神的にも、どこか必ず、衰える。また、いったいに人生の記憶は、過去を美化し、都合の悪かった過去は、忘れようがないのに、忘れる努力を重ねてしまう。そのくせ、ことに男性は、性への渇望がやまない。どうしようもない、やっかいな存在だ。若いころに犯した、他人へのひどい仕打ちなどは、忘却の彼方に追いやってしまう。


 「ベロニカとの記憶」(ロングライド配給)は、タイトルこそ、どこかほのぼのとしたラブ・ストーリーを連想されるが、とんでもない。現役を引退、いい年齢をした男性の、終生、変わることのない気配りのなさ、身勝手さが、重く伝わってくる。もちろん、過去の、他人へのひどい仕打ちなどは、すでに忘れている。


 原作は、ジュリアン・バーンズというイギリスの作家の書いた「終わりの感覚」(新潮社・土屋政雄 訳)で、帯には、「記憶と時間をめぐる優美でサスペンスフルな中編小説」とある。優美かどうかは、はなはだ疑問だが、男性にとっては、かなり辛辣な小説だった。全体は2部構成で、前半は、トニーという若者の高校、大学生活が克明に描かれ、ベロニカという恋人との出会いと別れがあり、最後に短く、引退生活に入るまでが説明される。後半は、トニーが、自らの人生を振り返るところから始まる。トニーのもとに、見知らぬ弁護士から、ある手紙が届く。それは、40年前に恋人だったベロニカの母親からの遺書によるもので、高校時代からの友人で自殺したエイドリアンの書いていた日記が遺品として残されている、というものだった。ベロニカの母親が、なぜ、エイドリアンの日記を持っていたのか。また、それがなぜ、ベロニカの許にあるのか。トニーは、不審に思いつつ、40年前を振り返っていく。



 小説は、トニーの一人称で綴られる。映画は、小説の後半部分から始まり、小説の前半は、映画では過去の回想として語られる。

 たしかにミステリー・タッチ。小説同様、映画でも、過去の回想シーンのなかに、実に巧みな伏線が張り巡らしてある。

 トニーは、別れた妻マーガレットとも、良好な関係を保っていて、日々の出来事を報告しあっている。すでに独立した娘のスージーの出産を控えて、トニーとマーガレットは、なにかと協力しあっている。そんなトニーの、まるで波風のたたない日々に、40年も前の恋人、ベロニカが登場してくる。


 映画「さざなみ」では、結婚して40年も経つ夫婦なのに、とつぜん、妻が夫の無神経さに我慢ならなくなる経緯が、精細に描かれていた。妻のケイトを演じたシャーロット・ランプリングが、「ベロニカとの記憶」でもまた、ベロニカの晩年を演じて、圧巻。所詮、男性は愚かな存在で、ベロニカのような女性の前では、どんな男性も太刀打ちできない。

 トニー役は、ジム・ブロードベントだ。「アイリス」、「ムーラン・ルージュ」などなど、多くの映画に出ている、もはや名優。ここでは、美化した過去にとらわれて、かつての恋人や、別れた妻からも「何も分かっていない」と蔑まれる男性役を、繊細、老獪に演じる。


 小説でのトニーは、ベロニカやマーガレットの真情とかけ離れていても、ラストでは、ともかく、身にふりかかった謎を解く。ただし、大いなる混沌が待ちかまえている。その点、映画では、いささかの救いがあるように思える。小説を読んだ観客の、どちらがいいかの判断、評価は、たぶん分かれると思う。小説には小説の終わり方、映画には映画の終わり方があり、どちらがいいかは、人それぞれだろう。好みでいえば、ラストで読者を突き放した感じのある小説の余韻が好きではあるが。


 インド生まれで、アメリカで映画を学んだリテーシュ・バトラ監督が、小説「終わりの感覚」に惚れ込んだ結果の映画化である。大ヒットした「めぐり逢わせのお弁当」がデビュー作で、これがまだ2作目。もはや熟練の演出だ。

 小説、映画とも、あざやかなどんでん返し。青春を振り返り、老いを自覚する。やがて終わる人生に、意味があったかどうか。老いの先、死の前で待つのは、混沌か希望か。希望であれば、いいのだが。

●Story(あらすじ)

 舞台はロンドン。現役を引退したトニー・ウェブスター(ジム・ブロードベント)は、中古のカメラ屋を営み、平穏な日々を送っている。別れた妻のマーガレット(ハリエット・ウォルター)とは、いまでもつきあっていて、ときおり会っては、近況を報告しあっている。娘のスージー(ミシェル・ドッカリー)は、まもなく出産の予定で、トニーもマーガレットも、その準備を手伝っている。

 ある日、法律事務所から、トニーあてに、遺品についての手紙が届く。亡くなったのは、トニーの40年前の恋人ベロニカの母親のセーラ。トニーは、昔、いちど会っただけである。トニーは受け取る連絡をする。遺品は、500ポンドの現金と、「添付品をあなたに遺します。心が傷むかもしれませんが、思い出の品です」とのセーラの手紙である。ところが、添付品が入っていない。弁護士によると、添付品は、エイドリアンの日記で、遺言執行人であるベロニカが所有し、引き渡しを拒否しているとのこと。エイドリアンは、トニーたちの仲間のひとりで、成績が優秀なのに、若くして自殺している。

 トニーは考える。なぜ、エイドリアンの日記を、セーラが持っていたのか。また、日記の引き渡しを、なぜベロニカが拒むのか。

 トニーは、このいきさつを別れた妻のマーガレットに話す。弁護士でもあるマーガレットは、「遺品を要求して裁判になるより、あきらめたほうがいい」という。

 トニーは、40年前のことを思いだそうとする。まだ高校生だったころ、トニー(ビリー・ハウル)は、ディラン・トマスの詩を愛する転校生のエイドリアン(ジョー・アルウィン)と仲良しになる。成績優秀なエイドリアンは、ケンブリッジ大学に、トニーはブリストル大学に進む。トニーは、あるパーティで、ベロニカ(フレイア・メイバー)という女子大生と知り合う。

 トニーは、どこかミステリアスなベロニカに牽かれていく。トニーは、一度だけ、週末にベロニカの実家に招かれる。ベロニカの母のセーラ(エミリー・モーティマー)は、すこぶる美人で、トニーはおもわず見とれてしまうほど。セーラはトニーに忠告する。「ベロニカに振り回されないで」と。

 トニーとベロニカの仲は続かない。やがてトニーはベロニカと別れる。エイドリアンとベロニカが、いま交際していることが分かる。嫉妬にかられたトニーは、エイドリアンに手紙を書く。「まったく、構わないが……」と。やがて、エイドリアンは自殺する。

 トニーは記憶をたどる。昔の仲間たちにも、当時の出来事を聞いたりする。トニーは自分の記憶の間違いに気づく。エイドリアンとベロニカを会わせたのは、ベロニカの兄のジャック(エドワード・ホルクロフト)と思っていたトニーだが、ふたりを会わせたのは、仲間たちとロンドンに出かけた時の自分自身だった。

 ベロニカ(シャーロット・ランプリング)のメールアドレスを調べたトニーは、ベロニカにメールを送り続ける。やっと、ベロニカから電話が入る。40年ぶりの再会がかなう。「日記はない」というベロニカに、「その内容を知る権利はある」と主張するトニー。ベロニカは言う。「日記は燃やした」と。そして、ベロニカは、古い一通の手紙をトニーに渡し、足早にたち去っていく。トニーの受け取った手紙とは……。

<作品情報>
「ベロニカとの記憶」
(C)2016 UPSTREAM DISTRIBUTION, LLC


2018年1月20日(土)、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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