ロング,ロングバケーション 【今週末見るべき映画】

2018年 1月 25日 08:00 Category : Art

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 「人間の値打ち」、「歓びのトスカーナ」を撮ったイタリアの映画監督、パオロ・ヴィルズィのもとに、アメリカからオファーが殺到する。アメリカでの映画作りに乗り気でなかったヴィルズィに、アメリカの多くの小説が届く。

 ヴィルズィが魅せられた小説が、マイケル・ザドゥリアンの「旅の終わりに」(東京創元社・小梨直 訳)だった。認知症が進行中の夫ジョンと、末期ガンの妻エラが、キャンピングカーに乗り、ボストンからアメリカ東海岸を南下、フロリダに向けて、縦断の旅をする。映画化にあたって、ヴィルズィは条件を出す。「ドナルド・サザーランドとヘレン・ミレンが出演するなら」と。その通りになった。映画「ロング,ロングバケーション」(ギャガ配給)が出来上がる。


 老いらくの道行きか、と思った。たしかに道行きを描いてはいるが、ありきたりの旅ではない。人生の最後をみつめる旅は、切なく、意義深いものになるはずだ。

 ジョンは、ヘミングウェイを研究する元文学教師。車の運転はそこそこだが、すでに認知症が進行している。エラは、見た目は元気そうだが、痛み止めを服用しながら、末期のガンと闘っている。


 ある日、エラとジョンは、住まいのあるボストンから、キャンピングカーで東海岸を南下、フロリダのキーウエストを目指す。キーウエストには、「ヘミングウェイの家」がある。ここに行くのは、ジョンの夢でもある。エラは、この夢が叶うよう、計らう。

 映画では、だから、ヘミングウェイの「老人と海」や、「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」などの一節が、セリフのなかにうまく取り込まれている。


 順調な旅であるはずはない。ジョンとエラの、それぞれの症状が進みつつあるのだから。エラを残して出発したり、蛇行運転で警官に止められたり、車がパンクしたり、強盗に遭遇したり。まさに珍道中である。

 全編、軽快なコメディタッチで、笑えるシーンが続出する。やがて、徐々にではあるが、老いとは、夫婦とは、家族とは、死とは、つまりは人生とは何かを、じんわりと考えさせてくれる。エラが言う。「あなたが奪った最愛の夫を返して」。ジョンが切り返す。「だが彼は私からも奪われた」と。雰囲気が一転、切なさがこみあがってくるシーンが、美しい。狭い車でのラブシーンもまた、切なさがこみ上げる。


 特筆すべきは、共同で脚本を書き、演出したヴィルズィの巧緻な語り口だろう。過不足のない、練られたセリフが相次ぐ。引き込まれてしまうのも当然だ。

 ヘレン・ミレンに、ドナルド・サザーランドである。もはや、完璧な演技。まるで、かけあい漫才のおもむきだが、含蓄のあるセリフの応酬は、傾聴に値する。


 結婚して50年。人生の黄昏を迎えたジョンとエラが、旅路の果てにみたものとは何だったのだろう。

 幸福だった日々を顧みる。楽しく、痛快な、あこがれの地への旅である。やがて、人生の最後に獲得した、ロングバケーションだったからこその切なさ、哀しみが、おしよせてくる。


 遅かれ早かれ、人は、いつかは死ぬ。どのような死を迎えるかは、どのように生きるかと同義だろう。「老人と海」の主人公が、ライオンの夢を見たように、獲物を失っても、漁師としての誇りを失わない人生であればいいのだが。

●Story(あらすじ)

 ボストンに住む文学教師ジョン(ドナルド・サザーランド)と、妻のエラ(ヘレン・ミレン)は、古いキャンピングカーで、フロリダのキーウエストを目指して、旅立とうとしている。長男のウィル(クリスチャン・マッケイ)が、すでにガンの末期症状の母親エラを入院させるべく、実家にやってくる。ふたりとも、いない。あわててガレージを見ると、キャンピングカーがなくなっている。ウィルはエラの携帯に電話をするが、通じない。

 ウィルから知らせを聞いて、長女のジェーン(ジャネル・モロニー)が駆けつけてくる。

 ジョンとエラは、ダイナーで食事をしている。エラは、やっとウィルに電話をして、「ちょっと旅行に出ただけよ」と告げる。ジェーンは、「パパに運転は無理だ」と叫ぶが、ジョンは快調に車を運転し、ペンシルベニア州のオートキャンプ場に着く。

 エラは上機嫌で、キャンプの隣人に、旅の目的などを話しかける。エラとジョンのなによりもの自慢は、ヘミングウェイを研究するジョンの血を受け継いだジェーンだ。ジェーンは、メルヴィルの研究者で、いまは大学で教えている。

 かつて、子どもたちと来たことのあるバージニア州チェサピークの歴史村に寄り、その日のキャンプ場に着く。ジョンの記憶が濁る。19歳と21歳になるジェーンの子どもたちの名前や年齢が、いまや分からなくなっている。エラは、そんなジョンを励まし、かつて家族で、いろんなところに出かけたときのスライドを、「サプライズよ」と、ジョンに見せる。

 ジョンの失態が続く。電話をしているエラを忘れて、車を出発させてしまう。あわてたエラは、若者たちのバイクで、やっとジョンに追いつくが、「何をしているのか」とのジョンの言葉に、エラは落ち込む。それでもエラは、「こんな冒険は初めて」と笑うが、やがて、ジョンは、エラのことすら、分からなくなっていく。

 車がパンクする。救援を待っているところに、ナイフを持った若者たちが襲ってくる。勝ち気なエラの機転で、事なきを得る。

 スライドを見ているうちに、ジョンとエラの、たがいに秘めていた過去が、少しずつ、明るみに出る。エラは、狂ったように怒り出したりする。

 ジョンとエラは、無事、「ヘミングウェイの家」に着くことができるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ロング,ロングバケーション」
(C)2017 Indiana Production S.P.A.

2018年1月26日(金)、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
公式サイト

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