スリー・ビルボード 【今週末見るべき映画】

2018年 1月 31日 08:00 Category : Art

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 アメリカ、ミズーリ州の田舎の町。道路沿いに、3枚の、広告の大きな立て看板がある。真っ赤なボードに黒い文字で、「レイプされて死亡」、「犯人逮捕はまだ?」、「なぜ? ウィロビー署長」とある。3枚の看板だから、映画のタイトルも「スリー・ビルボード」(20世紀フォックス映画配給)という。


 昨年の東京国際映画祭の特別招待作品で、見たかったが見れなかった一本だ。

 娘がレイプされ殺されてから7ヵ月。母親のミルドレッドが、捜査が進まないことに憤って、ウィロビー警察署長を名指しで批判する。この広告の看板がきっかけになり、エビングという町が、大騒ぎになる。


 シリアスなドラマかといえば、そうでもない。コメディタッチである。笑ってばかりもいられない。規模は小さいけれど、それなりのバイオレンスもある。かと思えば、しんみりする展開になる。

 観客が予想する展開を、映画はことごとく、裏切っていく。復讐を果たそうとする母親が、とんでもない側面をみせる。同様に、どこか無気力そうなウィロビー警察署長が、ある秘密を抱え、第一印象とは、まったく異なる人物に変容する。同様に、ウィロビーを父のように慕っている、差別的で暴力的な若い警官ディクソンが、後半、とんでもない変貌ぶりをみせる。


 では主役はだれか。つい、ミルドレッドと思ってしまうが、途中から、ウィロビーになり、さらに、ディクソンに主眼がおかれる。さらにまた、主役はふたりになる。

 3枚の看板には、ミルドレッドの主張が書かれているが、3人の登場人物の真実は、看板に書かれた文字だけではない。看板の裏には、文字が書かれていないが、人間のこころには、裏があり、奥がある。おおげさに言えば、3枚の看板は、ミルドレッド、ウィロビー、ディクソンの、人間存在の不思議さを象徴したものといえるだろう。


 人は、見た目で判断できない。南部の人たちのおおらかさに潜む、暗い側面が顕著になる。だからといって、暴力的、とも言い切れない。どこかおっとり、のんびりした南部気質が、全編に漂っている。

 人の世は、どこかで、「許し」、「寛容」がないかぎり、憎しみへの報復は、かならず連鎖する。脚本を書き、監督したマーティン・マクドナーは、イギリスの劇作家である。一筋縄ではいかない、複雑怪奇な人間のこころのうちを解き明かそうとするかのように、いまのアメリカだけではない世界の現実を、あざやかに提示する。


 カーター・バーウェルの音楽がいい。行動を起こすミルドレッドのテーマは、ドラムと拍手で奏でるマカロニ・ウエスタンふう。信仰深いウィロビーには、敬虔な賛美歌ふうの音楽が添えられる。人種を差別し、平気で暴力をふるう警官ディクソンの愛する音楽は、アバの「チキチータ」が選ばれている。

 観客の予想を裏切り続けるドラマは、しかし、きちんとメッセージを残して、幕を閉じる。

 これほどの映画である。今年のアカデミー賞では、作品賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、助演男優賞(ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル)、脚本賞(マーティン・マクドナー)、編集賞(ジョン・グレゴリー)、作曲賞(カーター・バーウェル)と、6部門で、7つのノミネートを受けている。


 ミルドレッドには、フランシス・マクドーマンドが扮する。微笑みすらない表情に、決意を込めての演技が圧巻だ。コーエン兄弟の「ファーゴ」で、すでにアカデミー賞の主演女優賞を受けている。またの受賞になるのかどうか。

 助演男優賞で、ダブル・ノミネートされたのが、ウィロビー署長役のウディ・ハレルソンと、若い警官ディクソン役のサム・ロックウェルだ。どちらも受賞に値する力演だ。予想だが、脚本賞は受けるのではないかと思う。

 長い人生には、いつかどこかで、その人生が大きく変わる、変わらざるを得ないことが起こりうる。そのとき、あなたならどうするか。暴力がまかり通る世界でも、ひとすじでもいいから、希望の光を見てほしい。

●Story(あらすじ)

 エビングは、アメリカ、ミズーリ州の田舎の町。ある日、街道沿いに、3枚の大きな看板が立てられる。「レイプされて死亡」、「犯人逮捕はまだ?」、「なぜ? ウィロビー署長」とある。警察署長を名指しで批判している。

 7ヵ月ほど前、ある女性がレイプされ、殺される。被害者の母親ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)の、捜査が一向に進まないことに腹をたてての行動である。3枚の看板は、ミルドレッドが、エビング広告社のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)と1年間の契約を交わしてのものだ。

 町中をパトロールしている若い警官ディクソン(サム・ロックウェル)が、看板を見つけ、驚く。すぐにディクソンは、ウィロビー警察署長(ウディ・ハレルソン)の自宅に報告に行く。ふだんから、ディクソンは、黒人の容疑者にも平気で暴力をふるい、警察でも、なにかとトラブルを起こしているが、署長のことをまるで父のように慕っている。

 看板が町じゅうの話題になる。ミルドレッドのもとに、テレビのクルーが取材に来る。ミルドレッドは訴える。「犯罪が解決しない責任は、警察署長だ」

 ウィロビーは、手をこまねいているわけではない。ミルドレッドを訪ねたウィロビーは、捜査の進捗状況を説明する。ミルドレッドは、激しい口調で、「こうやって弁解している間に、別の子が犯されいる」と責め立てる。思わず、ウィロビーは、自らのある秘密を打ち明けるが、ミルドレッドは、「みんな、知っているわ」と冷たく言い放つ。

 一見、怠慢にみえる警察の仕事だが、町じゅうの多くの人は、人情味あるウィロビーを慕っている。その一人である神父が、ミルドレッドを説得しようとするが、逆に侮辱される始末。さらに、ミルドレッドの歯科医までが、ひどい仕打ちを受けてしまう。

 ミルドレッドのひとり息子ロビー(ルーカス・ヘッジス)もまた、母親に反発する。ロビーは、姉の死を忘れてしまいたいのに、学校への行き来に、看板に出会う。

 ミルドレッドは、偶然出会った元の夫チャーリー(ジョン・ホークス)からも、「みんなは、おまえを潰そうとしている」と忠告される。

 いまや、町じゅうの人たちの敵意がミルドレッドに向けられている。3枚の看板が出たことで、犯人がまだ見つからないまま、町じゅうの人を巻き込んで、いろんな事件が起こり始める。(文・二井康雄)

<作品情報>
「スリー・ビルボード」
(C)2017 Twentieth Century Fox

2018年2月1日(木)、TOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
公式サイト

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