ナチュラルウーマン 【今週末見るべき映画】

2018年 2月 23日 08:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

 冒頭、イグアスの滝の大瀑布が俯瞰で写る。ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」を思い出す。

 トランスジェンダーの女性が、ひどい偏見にあい、差別される。それでも、あくまで自分らしく生き抜いていこうとする。悲しく、切ない。だから、声援を送りたい。「がんばるんだ!」と。


 チリ、アメリカ、ドイツ、スペイン合作の映画「ナチュラルウーマン」(アルバトロス・フィルム配給)は、チリ代表として、今年のアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされた。日本に、似たようなタイトルの小説、映画があったが、これは、まったくの別物である。原題は「ウナ・ムヘール・ファンタスティカ」、「ファンタスティカ」には、文字通り、幻想的な、といった意味もあるが、ここでは、ひとりのすばらしい女性、といったほどの意味だろうか。日本の映画との共通点は、キャロル・キングとジェリー・ゴフィンが作詞、作曲し、アレサ・フランクリンが唄った「ナチュラル・ウーマン」という曲が引用されていることくらい。

 舞台はチリのサンティアゴ。ウェイトレスをしながらクラブで唄っているトランスジェンダーのマリーナは、離婚した年輩の男性オルランドといっしょに、アパートの一室で暮らしている。


 突然、気分の悪くなったオルランド。おどろいたマリーナは、オルランドを介抱するが、運悪く、オルランドは階段から落ちて、亡くなる。オルランドの死について、病院や刑事から疑いがかかる。マリーナは、オルランドの元の妻や息子たちから、アパートから出ていくよう催促され、冷たい言葉を浴びる。さらに、オルランドの通夜や葬儀にも参列しないでほしいとの通告を受ける。

 いまなお、トランスジェンダーをはじめ、マイノリティへの不寛容や偏見は、世界共通である。理不尽な現実に怒りをこめるマリーナの、信念を貫き、自分らしく生きるための戦いが始まる。


 マリーナは、ファンタスティックな女性らしく、ヴィヴァルディのオペラ「バヤゼット」のアリア「わたしは蔑ろにされた妻」を唄い、体を斜めにして、吹き付ける突風に逆らうように、立ち続ける。そんなマリーナを励ますように、亡くなったオルランドが、守護天使のようにマリーナの前に、何度も現れる。

 レズビアンのL、ゲイのG、バイセクシャルのB、トランスジェンダーのTを組み合わせて、LGBTというらしいが、世の中には、男と女しかいない。組み合わせは、男と男、女と女、男と女だけ。この3つの組み合わせで、人が愛し合うだけのこと。ところが同性どうしには、いまだ世間の偏見、不寛容が存在する。


 たとえ、世間からどう言われても、自分らしく、誇りを持って生きることだろう。切なく、悲しいドラマだが、映画「ナチュラルウーマン」は、力強いメッセージを伝えて、輝きを放つ。

 ラストで、マリーナは、ヘンデルのオペラ「セルセ」の第1幕に出てくるアリア「オンブラ・マイ・フ」を唄う。「樹木の木陰、これほどいとおしく、優しく、愛らしいものはなかった」と。


 マリーナを演じたダニエラ・ヴェガの、身ひとつで、厳しい現実に立ち向かうさまは、凛として、すばらしい。ダニエラ・ヴェガは、幼いころからオペラの才能を発揮、舞台経験も豊富。さきごろ来日した折り、都立高校で特別授業をする。「人間として大事なのは違いがあるということ」、「共生できる世の中はとても必要」と語る。

 監督、共同脚本は、「グロリアの青春」を撮ったセバスティアン・レリオである。離婚したキャリアウーマンで、58歳になるグロリアは、現実のしがらみに抗して、生を謳歌する。この手際のいい演出ぶりは、「ナチュラルウーマン」でもさらに発揮される。オルランドの残したサウナの鍵の意味など、いくぶん、ヒッチコックふうのミステリータッチが楽しめる。さらに、「NO」や「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」を撮ったパブロ・ララインがプロデューサーに名を連ね、チリ映画人の層の厚さが窺える。

 今年のアカデミー賞外国語映画賞には、スウェーデンの「ザ・スクエア 思いやりの聖域」、ロシアの「ラブレス」、ハンガリーの「心と体と」、レバノンの「ジ・インサルト」といった粒揃いの映画がノミネートされている。「ジ・インサルト」は未見だが、できることなら、「ナチュラルウーマン」に差し上げたいのだが。

●Story(あらすじ)
 チリのサンティアゴ。トランスジェンダーのマリーナ(ダニエラ・ヴェガ)は、ウェイトレスをしながら、クラブで唄っている。はるか年上の恋人のオルランド(フランシス・レジェス)が、誕生日を祝ってくれる。「イグアスの滝に行こう」と。オルランドは、プレゼントのチケットをサウナに置き忘れる。「かわいそうなおじいちゃん」と、微笑んだマリーナは、オルランドにキスをする。

 その夜、いっしょに住んでいる部屋で、オルランドの体調がおかしくなる。驚いたマリーナは、部屋からオルランドを連れだそうとする。オルランドは、階段から転げ落ちる。マリーナは、なんとかオルランドを病院に運ぶが、オルランドは動脈瘤で亡くなってしまう。

 オルランドは、階段から落ちた時、頭部に傷を負っている。病院側も、やってきたコルテスという女性刑事も、マリーナに疑いをかける。マリーナの連絡で、オルランドの弟のガボ(ルイス・ニェッコ)がやってくる。心優しいガボは、マリーナとオルランドの仲に理解を示していて、マリーナを慰め、ねぎらってくれる。

 レストランで働いているマリーナのところに、オルランドの元妻、ソニア(アリン・クーペンヘルム)がやってくる。「彼の車をオフィスに届けてほしい」と。さらにまた、コルテスが訪ねてくる。どうやら、ふたりの関係を疑い、金がらみの犯罪と思っているようだ。

 ほどなく、「いつ出る? 何も盗むなよ」と、早くアパートを引き払うようにと、オルランドの息子もやってくる。

 マリーナは、車のなかで、アレサ・フランクリンの「ナチュラル・ウーマン」を聞きながら、ソニアのオフィスに向かう。マリーナは、車のなかで、オルランドのものだったらしい、「181」と札のついた鍵を見つける。ソニアは、「傷つけたらごめんなさい」と詫びるが、「わたしたちはノーマルな夫婦だった」とマリーナを責める。ソニアは、マリーナに言う。「オルランドの通夜にも葬儀にも、来ないでほしい」と。

 マリーナは、歌曲のレッスンに向かい、ヴィヴァルディのアリア「わたしは蔑ろにされた妻」を唄う。まさに、マリーナの心情を言い当てた曲だ。

 アパートに帰宅したマリーナを待ち受けていたのは、ソニアやオルランドの息子たちの、ひどい仕打ちだった。それでもマリーナはくじけない。いつも、マリーナの行くところに、オルランドの面影がついてくる。

 マリーナは、自らが信じる行動に打ってでる。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ナチュラルウーマン」
(C)2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

2018年2月24日(土)、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかほか全国ロードショー
公式サイト

Related article

  • 今週末見るべき映画「ルーム ROOM」
    今週末見るべき映画「ルーム ROOM」
  • 今週末見るべき映画 「デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく」
    今週末見るべき映画 「デュプリシティ スパイは、スパイに嘘をつく」
  • 注目の「特別招待作品」~第13回東京フィルメックス~
    注目の「特別招待作品」~第13回東京フィルメックス~
  • 今週末見るべき映画「マイヤーリング」
    今週末見るべき映画「マイヤーリング」
  • 今週末見るべき映画「人生、ここにあり!」
    今週末見るべき映画「人生、ここにあり!」
  • 007ボンドカー、アストン・マーティン DBSにニューモデル
    007ボンドカー、アストン・マーティン DBSにニューモデル

Prev & Next

Ranking

  • 1
    今週末見るべき映画「ローマ法王の休日」
  • 2
    Interview:重松象平「チャーリー・コールハース建築写真展」
  • 3
    元祖・アートの島には新作品がぞくぞく:瀬戸内国際芸術祭
  • 4
    睡眠不足の肌に効果的な、ヘレナ ルビンスタインの新ナイトケア
  • 5
    紙で再構築された事件現場 トーマス・デマンド展
  • 6
    天童木工の名作チェアに座って、ヴァイオリンの生演奏を
  • 7
    日本初公開「フェラーリ 458イタリア」
  • 8
    イタリア修道院、秘伝のレシピから生まれたコスメ
  • 9
    歴代TTシリーズ最強の「アウディTTSクーペ」
  • 10
    空冷水平対向6気筒の伝説/ポルシェ、その伝説と衝動(1)

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加