15時17分、パリ行き 【今週末見るべき映画】

2018年 2月 28日 08:00 Category : Art

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 2015年8月21日、タリス銃乱射事件が起きる。アムステルダムからパリに向かう高速鉄道タリスの車内で、フランス人乗客がトイレに入ろうとする。誰か、トイレに入っている。その乗客は、トイレの中での自動小銃に装填する音に気付く。


 乗客は、トイレから出てきた男を取り押さえようとしたとき、男が自動小銃を発砲、別の乗客が撃たれる。乗り合わせていたアメリカの軍人アレク・スカラトスとスペンサー・ストーン、大学生のアンソニー・サドラーたちが、自動小銃を乱射した男を取り押さえる。

 犯人の男は、自動小銃のほかに、多くのナイフや拳銃、弾薬を所持していた。乗客は554名で、死者はゼロ。


 スペンサーは、犯人の男にナイフで切られ負傷する。アレク、スペンサー、アンソニーは幼なじみで、軍人のアレクがアフガニスタン駐留からの帰国を祝ってのヨーロッパ旅行中で、たまたま、パリ行きの列車に乗り合わせていた。

 じっさいに起きた事件である。犯人は、26歳になるモロッコ国籍のイスラム過激派で、結果として、アメリカの3名の若者たちが、無差別テロを未然に防いだことになる。

 これを、クリント・イーストウッドが映画にした。「15時17分、パリ行き」(ワーナー・ブラザース映画配給)だ。テロを未然に防いだことで、アレク、スペンサー、アンソニーは、いろんなところから表彰される。アメリカのテレビ局での表彰式に、クリント・イーストウッドが登場、3人と知り合う。3人は、事件の顛末を、ジェフリー・E・スターンというジャーナリストと共著で本を書く。本を読んだクリント・イーストウッドが、すぐに映画化に動く。アレク、スペンサー、アンソニーの3人が、自分自身を演じることになる。


 偶然が偶然を招いたタリス銃乱射事件の、いわば、再現ドラマが完成する。

 事件そのものは、ほんの10数分くらいの出来事だが、ここだけを映画にするわけではない。映画は、アレク、スペンサー、アンソニーの少年のころからを丁寧に再現し、3人がどのような人物なのかを紹介していく。


 偶然、3人は、事件の現場に居合わせたとはいえ、軍で訓練を重ねたアレクとスペンサーは、緊急事態に対応できるノウハウは身につけている。

 3人の過去のできごとの多くが伏線となり、緊急事態の収束に結びつく。まるで、事実は小説より、はるかに奇である。

 このところ、クリント・イーストウッドは、「J・エドガー」、「アメリカン・スナイパー」、「ジャージー・ボーイズ」、「ハドソン川の奇跡」と、実話に基づいた映画ばかりを撮っているようだ。すでに老齢だが、作りたい映画を意のままに撮っている。実話であろうとフィクションであろうと、そのみごとな語り口に引きこまれてしまう。


 もはや、完璧の映画と思う。ただ一点、視点に欠けるのは、「アメリカン・スナイパー」をレビューしたときにも指摘したことだが、9・11をはじめ、なぜ、アメリカは、このような無差別テロに巻き込まれるのか、その原因は何か、ということである。

 報復は報復を生み、憎しみは連鎖する。無差別テロを未然に防ぎ、多くの人命を救った3人のアメリカ人は、ヒーローであり、賞賛に値するものとは思うけれど、そもそもの発端、原因は何なのか。これが解明されない限り、無差別テロは、永遠に起こりうる。

 ここまで、多くの優れた映画を撮り続けているクリント・イーストウッドである。ないものねだりではないと思うのだが。


 蛇足ながら、邦訳が出ている。「15時17分、パリ行き」(早川書房/アンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーン、ジェフリー・E・スターン/田口俊樹・不二淑子 訳)だ。原作では、犯人のアイユーブ・バッザーニの生い立ちから犯行に至るまでの経緯が詳しく書かれている。

 テロは絶えることがない。アンソニーの偉業を讃えたサクラメントの祝賀式典でさえ、州の議事堂の屋根には、スナイパーが配置されていたぐらいだから。(文・二井康雄)

●Story(あらすじ)
 2005年、カリフォルニア州サクラメント。黒人のアンソニーことアンソニー・サドラー、アレクことアレク・スカラトス、スペンサーことスペンサー・ストーンの3人の少年は、大の仲良しである。3人は、いつも先生に叱られ、校長室に呼び出されている。スペンサーは、集中して教科書が読めない。アレクは、ぼんやりと外ばかり見ている。

 3人は、おもちゃのモデルガンで遊んだり、戦争ごっこに興じている。アレクとスペンサーは、それぞれが母子家庭、シングルマザーである。スペンサーの部屋には、映画「フルメタル・ジャケット」のポスターが飾ってある。

 3人の友情は、高校時代も続いている。やがて、3人は、それぞれの道を歩む。

 スペンサー・ストーン(本人)は、太り気味の体重を落とし、空軍に入隊する。アレク・スカラトス(本人)は、陸軍州兵の技官になり、中東に勤務する。アンソニー・サドラー(本人)は、地元のサクラメント州立大学に進学する。アレクとスペンサーは、住むところが離れていても、いつもスカイプでやりとりをしている。

 2015年、夏。すでにオレゴン州に引っ越したアレクは、アフガニスタンに配置されていて、まもなくアメリカに戻ろうとしている。スペンサーは、ポルトガルのラジェス空軍基地での訓練がちょうど終わるころだった。

 休暇が近いアレクとスペンサーは、大学が夏休みのアンソニーに、ヨーロッパを旅しないかと誘う。話はすぐにまとまる。アンソニーとスペンサーがローマ、ベネチアを旅し、ドイツでアレクと合流することになる。

 3人のそれぞれのヨーロッパの旅が始まる。3人は、ドイツで合流し、勧められるまま、オランダのアムステルダムに着く。いよいよ、パリ行きが近づく。

 前夜、アムステルダムのクラブで、したたかに呑み、ポールダンスを楽しむ3人。もっと、アムステルダムを楽しもうとの案もあったが、ともかく、時速320kmで走るタリスで、パリに向かう。アムステルダム15時17分発、パリ行きが発車する。

 二日酔いのせいか、うとうとする。タリスは国境をこえ、すでにフランスに入っている。その時、突然……。

<作品情報>
「15時17分、パリ行き」
(C)2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

2018年3月1日(木)、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト

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