シェイプ・オブ・ウォーター【今週末見るべき映画】

2018年 2月 27日 08:00 Category : Art

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 昨年の第30回東京国際映画祭の特別招待作品で、見逃した一本である。海に近い田舎の町。これは、声をなくした女とモンスターのお話。


 「シェイプ・オブ・ウォーター」(20世紀フォックス映画配給)は、今年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞(ギレルモ・デル・トロ)、主演女優賞(サリー・ホーキンス)、助演男優賞(リチャード・ジェンキンス)、助演女優賞(オクタヴィア・スペンサー)、脚本賞(ギレルモ・デル・トロ)、作曲賞(アレクサンドル・デスプラ)、編集賞(シドニー・ウォリンスキー)、衣装デザイン賞、美術賞、撮影賞、音響編集賞、録音賞と、じつに13部門でノミネートされている。全部ではないが、いくつかは受賞することと思う。


 ひとことでいうと、聞こえるが話せない女性イライザと、半魚人の「彼」とのラブ・ストーリー。手話や音楽を通して、イライザと「彼」は、心を通わせていく。アメリカ政府の秘密機関で、掃除人として働いているイライザは、「彼」に恋をする。そして、東西冷戦のさなか、アメリカの宇宙開発の犠牲になろうとしている「彼」を救おうとする。その恋の行方は……というもの。

 強烈なメッセージ、風刺が隠っている。障がい者、黒人、ゲイといった社会的な弱者たちが、アメリカの秘密の国家機関の陰謀に立ち向かう。


 東西冷戦時、障がい者、黒人、ゲイといったマイノリティは、まるで人間扱いされていない。掃除人として働くイライザは、聞こえるが話せない障がい者だ。そのイライザに寄り添うのは、ゲイの隣人ジャイルズと、同僚の黒人女性ゼルダといった一部の人だけである。秘密機関なのに、掃除人のイライザやゼルダが機密事項に接しても、周囲の白人はまったく気にしない。ダイナーですら、黒人客やゲイに冷たく接する。

 映画には、ソ連のスパイが登場する。いったいに、アメリカ映画で描かれるソ連のスパイは、悪役設定が多いが、ここでは、まるで、アメリカの陰謀を暴こうとする正義の味方のようだ。


 監督のギレルモ・デル・トロは、メキシコの人である。アメリカは、ヒーロー、正義の国、などと賛美しない。半魚人といった奇妙な生き物を登場させても、ひたすら、美しく、幻想的に描く。「パンズ・ラビリンス」でも示した、独自の美学がもたらした結果だろう。

 アメリカという国には、一歩、距離をおいても、全編に、アメリカの映画や音楽への敬意に満ちている。ことにミュージカル映画に寄せる監督の思いはハンパではない。ヒロインの名は、「マイ・フェア・レディ」のイライザだ。話せないイライザが、まるでジンジャー・ロジャースのように見えるシーンがサービスされる。半魚人は、ジャック・アーノルド監督の「アマゾンの半魚人」にそっくり。エドモンド・グールディング監督のミュージカル映画「恋愛候補生」が出てくる。ボージャングルのタップダンスが出てくる。イライザの住むアパートの一階の映画館では、ヘンリー・コスター監督の「砂漠の女王」が上映されている。旧約聖書のルツ記を基にした、美女ルツの物語は、イライザの運命を暗喩していると思われる。


 イライザは、グレン・ミラーやベニー・グッドマンの音楽が好き。ほかにも、ソプラノ歌手ルネ・フレミングの唄う「ユール・ネヴァー・ノウ」、マデリン・ペルーの唄う「ラ・ジャヴァネーズ」、カルメン・ミランダの唄う「チカ・チカ・ブーン・チック」、カテリーナ・ヴァレンテの唄う「ババルー」、アンディ・ウィリアムスの唄う「夏の日の恋」などなど。控えめで繊細なオリジナル・スコアは、アレクサンドル・デスプラ。

 俳優たちが、ギレルモ・デル・トロの演出に、応える。監督自身の脚本が、主な俳優に合わせて執筆されたらしいから、熱演力演も頷ける。ことに、手話だけでイライザを演じたサリー・ホーキンスは、セリフがなく、身振り、手振り、表情だけで複雑な感情を表現してしまう。決して美人女優ではないが、半魚人の「彼」に恋するあたりから、ぐんぐんと美しくなっていく。脇役では、アカデミー賞にノミネートされたリチャード・ジェンキンス、オクタヴィア・スペンサーが、それぞれ安定感たっぷりの好演。アメリカは強いんだ、俺は強いんだと、威圧感たっぷりの軍人ストリックランド大佐に扮したマイケル・シャノンが、各シーンをさらって、うまい。


 ラストには、イライザと「彼」の、幻想的な、すばらしいラブ・シーンが用意されている。

 ギレルモ・デル・トロ監督は、アメリカという国への距離をおいてはいるが、アメリカの映画、音楽への敬愛を隠さない。「美女と野獣」の野獣は変身するが、「シェイプ・オブ・ウォーター」の半魚人は、変身しない。もとから、美しく、澄んだ目をして、アメリカという国とアメリカの弱者たちを、優しい眼差しで見つめている。

●Story(あらすじ)
 1962年、アメリカのボルチモア。東西冷戦のさなか、アメリカとソ連は、宇宙開発でもしのぎを削っている。イライザ(サリー・ホーキンス)は、アメリカ政府の航空宇宙研究センターという秘密機関で、夜勤の掃除人をしている。イライザは、幼いころのトラウマで、耳は聞こえるが、話せない。

 1階が映画館というアパートに住むイライザは、夜、好物のゆで卵を用意し、風呂に入り、自慰をする。出勤の前には、隣人の売れない画家ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)の部屋に立ち寄り、食事を差し入れたりする。孤独なイライザにとって、手話で会話を交わすジャイルズは、数少ない友人のひとりだ。ふたりは、アメリカのミュージカルが好きで、テレビでボージャングルのタップダンスなどを見ている。

 映画館では、「砂漠の女王」、「恋愛候補生」を上映している。イライザは、館主から映画のチケットをプレゼントされ、バスで勤務先のセンターに向かう。同僚で黒人のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)だけは、話せないイライザの手話の相手をしてくれる。

 ある日、センターに異動してきたホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)が指揮する研究チームが、厳重な警備のなか、奇妙な生き物を運び込んでくる。

 数日後、センターで銃声が響く。勤務外なのに、イライザとゼルダが呼び出される。血でまみれた部屋の床を掃除しろ、という。イライザは、ふと、カプセルに入れられた奇妙な生き物を見る。まるで魚のような体をしている。そのどこか神々しい姿に、イライザは思わず、「彼」(ダグ・ジョーンズ)に魅せられる。イライザは、噛みちぎられたらしい指を2本、見つける。どうやら、センターで威張っている軍人のストリックランド大佐(マイケル・シャノン)が、奇妙な生き物を虐待した仕返しに、指を噛みちぎられたらしい。

 翌日から、イライザはこっそりと「彼」に会おうとする。ゆで卵をプレゼントして、手話を教える。プールに入っている「彼」のからだは半魚人のようだが、その目は、とても優しそう。イライザは、自分の好きなレコードで、グレン・ミラー楽団の「アイ・ノー・ホワイ」といった音楽を聴かせる。「彼」もまた、手話を覚え、音楽に合わせて踊るイライザを、うれしそうに見ている。

 ある日、イライザは、全身に傷を負った「彼」を見つける。そこに、数人の人間がやってくる。あわてて身を隠すイライザ。やってきたのは、ストリックランドとその上司のホイト元帥たち。イライザは、彼らの会話から、「彼」は、アマゾンの奥地で神と崇められていた生き物で、複雑な呼吸ができることから、人間の代わりに宇宙に送り込もうと画策していることを知る。「彼」に恨みを持ち、残忍なストリックランドは、元帥に提案する。「解剖して生態を研究するべきだ」と。

 センターには、「彼」が解剖されると困ることになるソ連のスパイが潜伏している。だが、センターの方針では、どうやら解剖される方針のようだ。

 いまや、「彼」を愛してしまったイライザは、センターから「彼」を救出できるよう、ジャイルズに応援を頼むのだが……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「シェイプ・オブ・ウォーター」
(C)2017 Twentieth Century Fox

2018年3月1日(木)、全国ロードショー
公式サイト

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