聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア 【今週末見るべき映画】

2018年 3月 2日 08:00 Category : Art

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 ドラマが進むにつれて、少しずつ、怖くなっていく。いわゆる心理ホラーだろう。どのような展開になるのか、予測がつかない。だから、とびきりのおもしろさ。やがて、ある家族がそろって、崩壊のきざしが増幅されていく。


 カンヌ国際映画祭で審査員賞を受けた「ロブスター」の監督で、ギリシャ生まれのヨルゴス・ランティモスの新作が「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」(ファインフィルムズ配給)だ。これもまた、第70回カンヌ国際映画祭で、脚本賞を受けている。

 映画のなかに、鹿や鹿殺しの話はいっさい出てこない。ギリシャ悲劇「アウリスのイピゲネイア」が、映画の内容を暗示するよう。トロイア戦争のころ、ギリシャ軍の大将、アガメムノンは、女神アルテミスが大事にしていた鹿を射殺する。アルテミスの怒りをしずめるために、アガメムノンは、娘のイピゲネイアをいけにえとして捧げる。


 ヨルゴス・ランティモスは、「アウリスのイピゲネイア」の悲劇を映画化しようとした訳ではないと言う。セリフのなかに1ヵ所、イピゲネイアの悲劇に言及するシーンがある。映画の重要な箇所なので、どこでどんな形で出てくるのかは、言及しないほうがいいだろう。

 アイルランドとイギリスの合作だが、舞台はアメリカのオハイオ州シンシナティ。優秀な心臓外科医スティーブンは、かつてアルコール依存症で、手術中にある患者を死なせてしまう。スティーブンは、その罪悪感からか、家族に内密で、死なせた患者の息子マーティンを気にかけている。ある日、スティーブンは、マーティンを自宅に招く。また、誘われるまま、スティーブンは、マーティンの自宅に出向いていく。これがきっかけで、スティーブンの子どもたちに、奇妙なことが起こり始める。いわば、マーティンの静かな復讐が、少しずつ現実になっていく。


 冒頭、観客の度肝を抜くようなシーンが出てくる。荘厳な音楽が添えられる。多くの作曲家が曲をつけているが、ここでは、シューベルトの「スターバト・マーテル」の第1曲が流れる。「悲しみの母は立っていた 十字架のかたわらに、涙にくれ 御子が架けられているその間 呻き、悲しみ 欺くその魂を 剣が貫いた……」。

 全体のトーンは静寂だが、観客の不安を増幅するような音楽が、あちこちに挿入される。リゲティのチェロ協奏曲、リゲティのピアノ協奏曲、バッハのヨハネ受難曲から「主よ、われらを治め給う主よ、あなたの栄誉は」、グバイドゥリーナのソナタ「私は待ち望む」などなど。

 人の少ない病院に、瀟洒なつくりの住宅。まるで無機質のような映像が連続する。人間のいる3次元を、4次元から眺めたような神の視点ともいえるショットがある。見ているうちに、穏やかならない感覚がおしよせてくる。


 スティーブン役のコリン・ファレルが、「ロブスター」に続いての出番だ。妻のアナ役はニコール・キッドマン。ふたりには、多くの見せ場が用意されていて、ことに、ラスト近くでのニコール・キッドマンのセリフ、表情は、背筋がぞっとするほど。16歳の高校生という設定のマーティン役は、バリー・コーガン。クリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」では、イギリス兵の救出に向かう船中で、命をなくす青年の役で出ていた。ここでは、一見、素直な少年が、少しずつ不気味に変貌するプロセスを、あざやかに演じる。1992年生まれというから、まだまだ若いが、将来が大いに期待できる男優だ。



 裕福な家族が崩壊する。それは、人間の奥底にひそむ身勝手さゆえだろう。旧約聖書のイザヤ書35章にこうある。「……そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う……」。人は、悪魔にさえなりうる。それでも神は、人の世に「栄光の復活」を託しているはずだ。



 それにしても、ヨルゴス・ランティモスの想像力、創造力に、ただただ驚くばかり。その透徹したまなざしは、深く人間を観察する。さらに期待できる作家だろう。

●Story(あらすじ)

 手術を終えた心臓外科医のスティーブン(コリン・ファレル)は、あるレストランで、マーティン(バリー・コーガン)という高校生と会っている。スティーブンは、かつて、マーティンの父の手術をしたことがあり、それがもとで、マーティンの父が亡くなっている。スティーブンは、このことを、歯科医の妻アナ(ニコール・キッドマン)には話していないようだ。スティーブンは、しばしば、マーティンと会って、高価な腕時計をプレゼントしたりで、なにかと気にかけている。

 ある日、スティーブンは、アナや娘のキム(ラフィー・キャシディ)、息子のボブ(サニー・スリッチ)に、マーティンのことを話し出す。「今日、マーティンという青年と会った」と。さらに、アナには、「マーティンのお父さんは、車の事故で亡くなり、いまはお母さんとふたり暮らしで、ほっておけないんだよ」と。

 スティーブンは、マーティンを家に招く。バラの花束を持参したマーティンは、礼儀正しく、アナや子どもたちとも打ち解けた様子である。

 数日後、こんどは、マーティンがスティーブンを家に招く。マーティンの母親(アリシア・シルヴァーストーン)が出迎える。「いっしょにお父さんが好きだった映画を見よう」とマーティン。

 マーティンは、一足早く、部屋にひきあげる。テレビで、「恋はデジャ・ブ」を見ていたマーティンの母親は、スティーブンを誘惑する。もちろん、スティーブンは断る。

 この日を境に、マーティンからスティーブンへの連絡が、頻繁になっていく。つい、電話を切ってしまうスティーブン。

 ある朝、突然、ボブの足が動かなくなる。スティーブンはあわててボブを病院に連れていく。ボブの体は、どこも異常がないのに、足が麻痺している。

 おなじころ、キムとマーティンはデートをしている。キムはマーティンに、エリー・ゴールディングの「バーン」というヒット曲を唄う。

 スティーブンが病院に着くと、すでにマーティンがやってきていて、「話がある」という。病院のカフェで、マーティンが話し出す。それは、スティーブンの信じられない、衝撃的な内容だった。

 やがて、ボブだけではなく、キムにも奇妙なことが起こり始める。ほどなく、スティーブンは、たいへんな選択を迫られることになっていく。アナもまた、ある決断を迫られることになる。

<作品情報>
「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」
©2017 EP Sacred Deer Limited, Channel Four Television Corporation, New Sparta Films Limited

2018年3月3日(土)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト

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