映画「ニッポン国VS泉南石綿村」 【今週末見るべき映画】

2018年 3月 9日 08:00 Category : Art

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 昨年の東京フィルメックスで観客賞を受けた原一男監督のドキュメンタリー映画「ニッポン国VS泉南石綿村」(疾走プロダクション配給、太秦配給協力)が、やっと一般公開となる。


 日本のドキュメンタリー映画史に残る傑作「ゆきゆきて、進軍」を撮った原一男監督が、泉南アスベスト被害の国家賠償訴訟の8年間にわたる記録を映像にまとめる。名もない、市井の人たちの、アスベストによる健康被害の実態が明るみに出る。訴訟を起こす。原告が勝訴しても、国は経済発展を重視したのか、いつも控訴する。裁判が長引く。国の対応は、後手後手になる。多くの人が、アスベスト被害で亡くなっていく。


 前編後編あわせて、3時間35分の力作である。監督の、映画製作に10年以上にもなる思い、怒りがこもっている。「日本という国、政府は、人の命を何だと思っているのか」と。

 大阪府の南、和歌山県寄りが泉南地区だ。ここは、明治の終わりころから、石綿工場が多くあったところで、別名、石綿村と呼ばれている。現在の地名では、泉南市、阪南市と泉佐野市の一部が泉南地区にあたる。

 石綿から糸や布に加工した際に出るアスベストの粉塵は、肺に入ると、20年から40年もの長い潜伏期間を経て、肺ガン、中皮腫など、さまざまな重い病気になる。すでに、1960年代から、アスベストによる健康被害は指摘されてはいたが、国が使用や製造を禁止したのは、2004年のこと。


 泉南地区は、明治末から100年もの間、石綿糸や石綿布を製造する石綿紡績業が栄えたところ。戦前は軍需産業、戦後は造船、車、建築などの資材に使用されてきた。多くの工場は、いわゆる下請けで、労働環境は劣悪。アスベストの粉塵は、工場のなかだけでなく、周囲の環境にも飛び散る。やがて、アスベストの被害が顕著になっていく。

 2006年5月。泉南地区の石綿工場で働いていた人たちや遺族が、損害賠償を求めて、立ち上がる。国が被害の実態を知りながら、規制や対策を怠っていたとして、第1陣の訴訟を起こす。


 2009年9月には、第2陣が提訴。2010年5月。大阪地裁で、1陣は勝訴、国の責任を認める判決が下される。しかし、国は控訴し、2011年8月、大阪高裁の判決は、原告側の敗訴となる。人の命より、経済成長を優先する判決だ。2012年3月の2陣訴訟の判決は、原告の勝訴。またも国は控訴する。2陣は、2013年12月の大阪高裁でも勝訴するが、国は控訴を決定、結論は最高裁まで持ち込まれることになる。


 国がやっとその責任を認めたのは、2014年4月のこと。ときの厚生労働大臣が、被害者やその遺族に謝罪したのは、2015年1月である。長い裁判の途中で亡くなった人も多い。また、最高裁の判決では、1971年以降に就労した人や、その家族の健康被害については、救済の対象にはならない。

 いったい、なんという国かと思う。これが、つい4年前の、日本の現実である。

 つい先日、東京の大田区に住む年輩の女性に話を聞いた。ご主人が、アスベスト被害で苦しんでいるという。具体的な行動は起こしていないが、せめて実情を知ってほしいと訴えるだけである。

 映画では、裁判の進行にあわせて、多くの人が登場する。原告や弁護団に混じって、柚岡一禎がいる。自身もまた、祖父の代からの石綿工場を経営している。柚岡一禎は、「泉南地域の石綿被害と市民の会」を結成し、被害の実態を精密に調査している。

 柚岡一禎は、かつて泉南で働き、隠岐に戻ってから亡くなった労働者の遺族に会う。遺族は言う。「死者に鞭打つことはせんでくれ」と。

 被害は、現場の労働者だけではない。家族にまで被害が及ぶ。両親が石綿工場で働いていたという岡田陽子もそのひとり。石綿肺、続発性気管支炎、びまん性胸膜肥厚に犯されていて、酸素吸入器が離せない。「石綿粉じんは、労働者も家族も区別せずに降りかかりました。家族も救済してください」と言う。

 前川清は、証言する。「大きな工場で働いていた弟が、若くして亡くなった」と。西村東子は、長く工場で働いていて、いまでは、家の階段を登るのもたいへんそうだ。石綿肺、肺ガンと診断された佐藤健一は、日に日に、体が衰弱している。やっと、撮影が許可されるが、一週間後、「家族を養うために、一生懸命働いていただけやのに、なんでこんな病気になったんや」と言っていた佐藤健一が亡くなる。


 柚岡一禎たちは、韓国にも同様の被害があると聞き、海を渡る。岡田陽子の父や、労働者の多くは、日本の植民地支配のころに、仕事を求めて日本にきた人たちである。松本玉子は、在日朝鮮人の紹介で、泉南の紡績工場に務める。夫の死後、やっと夜間中学に通い、文字を学ぶ。

 2011年4月。高裁での判決前に、厚生労働省の役人が、近隣曝露の調査のために、泉南に来る。視察をすませた役人が帰ろうとする。柚岡一禎は叫ぶ。「こら待て、原告の話も聞いてくれ」と。

 1陣が高裁で敗訴した2011年8月。またひとり、原田モツが亡くなる。さらに、2012年、岡田晴美が、西村東子が亡くなる。


 裁判は、原告側が勝訴しても、国が控訴する。民主党政権でさえ、控訴する。裁判は、長引く。原告たちが、相次いで亡くなっていく。

 柚岡一禎は怒る。多くの人たちにインタビューする原一男監督もまた、怒る。

 柚岡一禎は、弁護団を無視して、首相官邸に出向き、「建白書」を渡そうとする。受け取ってもらえない。ただ、読み上げるだけ。

 また、2014年5月から6月にかけて、柚岡一禎や原告たちは、厚生労働省に出向き、「泉南原告に会うてんか!」運動を起こし、直接、大臣に面会を求める。やっと、厚生労働省の担当者に会う。労働基準局の総務課の若者がひとり。柚岡一禎が激怒する。「無礼だ、役職を呼んでこい!」と。計画課の若者が加わる。さらにまた、安全衛生部の別のふたりが応対する。さらにまた、別の安全課の職員が出てくる。圧巻の描写である。お役所の体質が、明瞭だ。


 大阪の人たちの気質が、はっきり。本音でモノを言う。権威を権威と思わない。率直で、歯に衣を着せない。官僚に「同じ血の通った人間やろ」と訴える。

 原一男監督の、怒り、思いが、全編から漂う。製作意図、メッセージが資料に掲載されている。「平成の今、戦後のニッポンを支えてきた平和憲法が未曾有の危機を迎えている。一部の権力者が己の欲得のためにこの国と憲法を作り変えようとしている。それは民衆にとってはさらに生き難く苦難へと追いやられるはずにも関わらずこの国の民衆は、唯々諾々と権力者に迎合する始末。権力者に抗う牙など、どこを探してもありはしない。そんな骨抜きにされた、平成という時代を生きるニッポン国の民衆の自画像として描いた」

 いまや、テレビ、新聞といった多くのメディアは、まったく牙のない御用メディアに成り下がっている。映画では、まだ、国、政府の横暴をチェックできるはずである。ひとりでも多くの人に、ことに若い人たちに、原一男監督の表現、アジテーションに耳を傾け、見るべき映画と思う。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ニッポン国VS泉南石綿村」
(C)疾走プロダクション

2018年3月10日(土)、ユーロスペースほか全国ロードショー
公式サイト

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