ラッキー 【今週末見るべき映画】

2018年 3月 16日 08:00 Category : Art

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 人間は、いつかは死ぬ。では、死ぬまで、どう生きるか。そのひとつの答えが、映画「ラッキー」(アップリンク配給)だ。


 ヴィム・ヴェンダース監督の、切ないほどの傑作「パリ、テキサス」で主演したハリー・ディーン・スタントンが、主人公ラッキーを演じる。ハリー・ディーン・スタントンは、昨年の9月、91歳で亡くなっているから、これが最後の主演作になる。


 90歳になるラッキーの日常は、判で押したよう。神などは信じていない。朝、ひとりで住む家で目覚め、ミルクたっぷりのコーヒーを、少し飲み、タバコを吸う。ヨガのポーズをして、きちんと身繕いして出かける。いつものダイナーで、ミルクたっぷりのコーヒーを飲み、クロスワード・パズルに興じる。「エレインの店」というバーでは、ブラッディ・マリアを呑み、常連の客たちと話す。ラッキーの変わらない日常が描かれるなか、ふと、ラッキーは「死」を意識する。


 ただそれだけの映画なのに、シーンシーンのひとつひとつに、深い余韻が漂う。演じているのがハリー・ディーン・スタントンということもあって、ラッキーのさりげない日常が、映画のなかでは、愛おしい日々、時間に見えてくる。まさに、人生の終焉。死を前にしたラッキーの心情が、深く、しっとりと伝わってくる。

 ある日、ラッキーは意識を失って、倒れる。医者に診てもらうが、さしたる異常はない。やがて、ラッキーは、ある悟りの境地に至る。

 さしたる事件は起こらない。日常のささいな積み重ねから、ラッキーは言う。「人はみな生まれる時も死ぬ時も一人だ。独り(アローン)の語源は、みんな一人(オール・ワン)だ」と。


 同じような趣向の映画に、昨年公開されたジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」がある。詩を書いているバスの運転手パターソンの日常が、淡々と綴られるだけの映画だが、余韻たっぷりの表現は、「ラッキー」も同様だ。

 ラッキーをとりまく人たちが、一見、変わった人たちばかりで、とてもいい味を出している。ダイナーのウェイトレス、ロレッタ。ダイナーの店主、ジョー。ダイナーで知り合う退役海兵隊員のフレッド。バー「エレインの店」の女店主、エレイン。その同居人のポーリー。友人のハワード。かかりつけのニードラー医師。ラッキーの終活の相談にのる弁護士のボビー。彼らは、口は悪いけれど、心底、ラッキーに寄り添うように接する。


 音楽が醸し出す雰囲気がいい。ラッキーのラジオからはマリアッチが聞こえ、ハリー・ディーン・スタントンが、自身のハーモニカで、「レッド・リバー・バレー」を吹く。そして、ジョニー・キャッシュの「アイ・シー・ア・ダークネス」が添えられる。

 映画に起承転結のあるドラマを期待する人には、やや退屈かもしれないが、これは日常を写しながら、永遠を語るドラマだろう。

 お世辞にもうまい芝居とはいえないが、映画監督のデヴィッド・リンチが、ラッキーの友人のハワード役で出ている。ペットのリクガメに遺産相続をさせようとする変人で、「この宇宙には人間より偉大なものがある。リクガメもそのひとつだ」などと言う。


 「パターソン」でも、パターソンが連日通うバーのオーナーを演じたハリー・シャパカ・ヘンリーが、ダイナーのオーナー、ジョーに扮している。いつも「ナッシング」(ろくでなしめ)と挨拶するラッキーに、タバコの吸いすぎを注意する役どころだが、ラッキーへの優しいまなざしが、とてもいい。

 退役した海兵隊員フレッド役は、トム・スケリットだ。「M★A★S★H マッシュ」、「エイリアン」、「トップガン」でおなじみだろう。

 ラッキーのよく行くバー「エレインの店」の常連、ポーリー役で、なんと、「恋も涙もさようなら」の大ヒットのある歌手でもあったジェームズ・ダーレンが出ている。50数年前、「ナバロンの要塞」では、初々しい少年兵だったが、いまや渋い老人役。


 映画というものは、脇を固める俳優によって、輝いて見える。トム・スケリット、ジェームズ・ダーレンが、ちょいと顔を出すだけで、力強く見えるものだ。

 監督は、俳優でもあるジョン・キャロル・リンチ。ハリー・ディーン・スタントンの俳優人生を描いたドキュメンタリー映画「ハリー・ディーン・スタントン:パートリー・フィクション」を基に、フィクションとして書かれた脚本を映画化、これが監督第1作になる。ジョン・キャロル・リンチは、インスピレーションを受けた映画として、アンドレイ・ゴンチャロフスキー監督の「暴走機関車」、ピーター・ボグダノヴィッチ監督の「ラスト・ショー」、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」、ジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」、そして、一連のジョン・フォード作品をあげる。類似点を探るおもしろさもあるだろう。


 映画のラストは、まるで禅の境地。「無」、「空」、そして「微笑み」。ラッキーの達観に、思わず心ふるえ、こみ上げてくる。

●Story(あらすじ)
 90歳のラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)が目覚める。タバコを吸い、ラジオをつける。ミルクたっぷりのコーヒーを少し飲み、残りを冷蔵庫にしまう。ヨガのような体操をして、身支度を整える。昼の12時。ラッキーは、テンガロンハットをかぶって、ダイナーに行く。しっかりした足取りだ。

 ダイナーのオーナー、ジョー(バリー・シャバカ・ヘンリー)が迎える。ウェイトレスのロレッタ(イヴォンヌ・ハフ・リー)が、コーヒーにミルクをたっぷり、入れてくれる。ラッキーは、クロスワード・パズルを解く。

 夜、ラッキーは、いつも出かけるバー「エレインの店」に行き、ブラッディ・マリアを呑む。オーナーのエレイン(ベス・グラント)は、口は悪いが、ラッキーを気遣っている。バーには、エレインと長く同居しているポーリー(ジェームズ・ダーレン)や、ハワード(デヴィッド・リンチ)がいる。ハワードは、ペットのリクガメに逃げられ、落ち込んでいる。ポーリーとラッキーは、そんなハワードを、からかい、なぐさめる。

 ある日、ラッキーは意識を失う。ラッキーは、ニードラー医師(エド・ペグリー・Jr)に診てもらう。どこにも異常がない。禁煙はむしろ害になるから、タバコは吸ってもいい、とのこと。心配したロレッタが訪ねてくる。思わずラッキーは、弱音をはく。「怖いんだ」と。

 ラッキーは、いつもタバコとミルクを買う店に立ち寄る。メキシコ系の店員ビビ(バーティラ・ダマス)から、ビビの息子の誕生日のパーティに誘われる。

 「エレインの店」では、ハワードと弁護士のロビー(ロン・リビングストン)が同席している。どうやらハワードは、行方不明になったリクガメに、遺産を相続させたいらしい。ラッキーは、ロビーに言う。「カメに遺産相続をさせる詐欺」と。

 後日、ラッキーとボビーは、ダイナーで出会う。ボビーは、自らの経験を話し、ラッキーに遺言を書くよう勧める。

 ラッキーは、ダイナーで、退役海兵隊員のフレッド(トム・スケリット)と出会う。フレッドは、沖縄での壮絶な戦闘を話しだす。

 ラッキーは、相変わらず、タバコを吸っている。ラッキーは、まだ、生きている。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ラッキー」
(C)2016 FILM TROOPE, LLC All Rights Reserved

2018年3月17日(土)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト

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