ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 【今週末見るべき映画】

2018年 3月 29日 08:00 Category : Art

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 スティーヴン・スピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」(東宝東和配給)は、完璧、傑作といった形容を、遙かに超えた映画と思う。映画というより、重大な事件かもしれない。今年のアカデミー賞では、作品賞、主演女優賞(メリル・ストリープ)にノミネートされた。賞こそ受けなかったが、これは、ジャーナリズムとはかくあるべきと訴えた、スピルバーグの力強いメッセージだ。


 1971年のアメリカ。ベトナムとの戦争に従軍した多くのアメリカ兵が、戦死しつつある。戦争は泥沼化している。国内では、反戦気運が高まる。そのころ、アメリカの国防総省(ペンタゴン)が作成した、ベトナム戦争に関する機密文書、いわゆるペンタゴン・ペーパーズが流出する。ここには、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンと4代にわたる大統領が隠蔽し続けた、国民に知られたくないベトナムにおけるアメリカの軍事行動の詳細が記されていた。作成を指揮したのは、1967年、当時の国務長官、ロバート・マクナマラである。

 政府系のシンクタンク、ランド研究所に務めるダニエル・エルズバーグは、この文書作成に関わったひとりで、アメリカの秘密工作や、国民に知らされていない戦争の実態を知ることになる。エルズバーグは、そんな政府に失望、7000ページにもなる文書をコピーし、全国紙のニューヨーク・タイムズにリークする。


 ニューヨーク・タイムズは、国益、公益を考慮し、慎重に掲載を検討する。1971年6月13日、ニューヨーク・タイムズは、「ベトナム戦争に関する公文書:30年に及ぶアメリカ政府の関与をペンタゴン・ペーパーズが解明」という、ペンタゴン・ペーパーズの抜粋をもとにした記事を掲載する。ニクソン政権は、記事が出てすぐ、国家の安全保障を脅かすとして、記事の差し止め命令を、連邦裁判所に要求する。

 ほかの新聞社が、調査、取材に乗り出す。ベン・ブラッドリー編集主幹の率いるローカル紙、ワシントン・ポストもそのひとつ。ホワイトハウスとのつきあいがあるとはいえ、ブラッドリーは、元ニューズウィーク誌にいた硬派のジャーナリストだ。文書の全文を入手するよう動きはじめる。


 ちょうど、ポスト紙は、部数も減り、ことに女性読者をどのように増やすかといった課題に直面している。また、経営のためには、株式公開で、新聞社としての体力をつけなければならない時期でもある。社主は、キャサリン・グラハムという女性である。亡き父のあとを継いだ夫が自殺、普通の主婦だったキャサリンが、いわば、しろうとながら、新聞社の経営を引き継いでいる。キャサリンをサポートする役員もいるが、経営経験の乏しいキャサリンの手腕を、不安視する役員もいる。キャサリンは、ブラッドリーと議論を重ねながらも、文書の全貌に近づこうとする。

 まったくの硬派の映画ではあるが、これは見方によれば、一女性の成長物語でもある。キャサリンを演じたメリル・ストリープの、あまりにも完璧な演技に、ただただ驚く。すでに完成された女性編集長として登場する「プラダを着た悪魔」とちがって、ここでは、一気に成長を遂げる中年女性を演じる。歩いているときに、時折、おなかのあたりに手がいく。ブラウスの襟に手をやったり、さりげなく指を動かす。一連の手の動きが、その心理を表して、もう神がかり的な演技だ。


 トム・ハンクス扮する編集主幹ブラッドリーは言う。「権力を見張らなくてはならない、それが我々の役目だ」と。トム・ハンクスの、抑制と高揚の心理バランスが秀逸。もはや、スクリーンにトム・ハンクスがいるだけで、新聞社の一員になったよう。

 1時間56分。息つくひまもない。スピルバーグは、いま、映画を超えた映画といえるほどの、とんでもない映画を作ってしまった。

 スティーブン・スピルバーグについては、多くの人がいろいろと書き、語っているが、その白眉ともいえる論考集が、映画評論家の南波克行さんの編著になる「スティーブン・スピルバーグ論」(2013年2月・フィルムアート社)だろう。多くの人が、さまざまな角度から、スピルバーグ作品にアプローチした、おそらくスピルバーグについて論じた、日本で最良の論考集と思う。このなかの論考のひとつに、南波さんの書かれた「スピルバーグとコミュニケーション」がある。南波さんは書く。

 『スピルバーグは実に多彩な作品を作ってきた。しかしたった一つ、すべての作品に共通するテーマは何か、とあえて問われた場合、それは「コミュニケーション」の問題である、と答えておきたい。この一点において、スピルバーグは娯楽作品の巨匠であり、歴史ドラマの名匠であるが、それ以上にコミュニケーションを描き続けた作家だ、と総括できる。』と。


 さらに、多くのスピルバーグ作品を論じた後、南波さんは書く。『……自身を見、世界を見、歴史を見ることで、スピルバーグが発見したことは、常に二つに分裂しようとするこの世の圧倒的な力学に、いかに抗うかというテーゼであったことは間違いないだろう。スピルバーグの偉大さは、個人的な課題としての「自分の物語」を、広く「世界の物語」に転じることができる、ということだ。個人と世界を触れ合わせ、世界とコミュニケーションすることで、スピルバーグは世界一の映画作家になったのだ。』と。

 この論考集が刊行されて5年。まだこれを超える「スピルバーグ論」は存在しないと思う。映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」を見て、この論考集を読まれると、過去、現在、未来のスピルバーグの視点、眼差しがどこに向けられているか、よくお分かりいただけることと思う。

 ニューヨーク・タイムズとアメリカ合衆国が争った最高裁判所での判決文の抜粋が、映画の資料に掲載されている。「……報道機関は国民に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない。報道機関に対する政府の検閲は撤廃されており、それゆえ報道機関が政府を批判する権利は永久に存続するものである。報道の自由が守られているため、政府の機密事項を保有し国民に公開することは可能である。制限を受けない自由な報道のみが、政府の偽りを効果的に暴くことができる。……」

 このヒューゴ・ブラック判事の判決文は、日本のあらゆるメディア、報道機関の関係者、政治に関わるあらゆる人に、しっかりと読んでほしい。

●Story(あらすじ)
 1965年、ベトナム。アメリカ国務省に務める軍事アナリスト、ダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)は、ベトナム戦争中のアメリカ軍に同行し、アメリカ軍の戦況を取材、記録している。アメリカ兵は、ベトコンの奇襲にあい、次々と倒れていく。

 アメリカに戻る飛行機のなか。エルズバーグは、ロバート・マクナマラ国防長官(ブルース・グリーンウッド)に、「戦況は泥沼」と伝えるが、マクナマラは理解をしても、立場上、ベトナム戦争の未来が絶望的とは言えない。アメリカに戻ったマクナマラは、ベトナムでの軍事的成果を自慢する。エルズバーグは失望し、国務省を去る。

 数年後のある夜。政府系シンクタンクのランド研究所に勤務するエルズバーグは、ベトナム戦争の経過を記録した機密文書をコピーする。文書名は、マクナマラの指示で作成された「アメリカ合衆国のベトナムにおける政策決定の歴史 1945-1966年」だ。ここには、ここ20年以上も前からの、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンと4政権にわたって隠蔽してきたベトナム戦争に関する事実が記録されていた。

 4人の大統領は、ベトナムでのアメリカの軍事行動について、虚偽の報告を国民にしていたことが分かる。平和的解決を望むと発表しながら、軍とCIAは、軍事行動を広げていたことも記されている。エルズバーグは、この「ペンタゴン・ペーパーズ」のコピーを、ニューヨーク・タイムズの記者、ニール・シーハンに手渡す。

 ローカル紙のワシントン・ポストの女性社主、キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)は、株式公開を間近に控え、減っていった女性の読者を増やそうと、編集主幹のベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)に相談している。ブラッドリーの興味は、全国紙のニューヨーク・タイムズの動向だ。ブラッドリーは、このところ、ニール・シーハンの書く記事が出ないところから、何か、大きなスクープがあるのではないかと推測する。ブラッドリーは、自社の若いインターンに、ニューヨーク・タイムズの動向を調べるよう、言いつける。ニューヨーク・タイムズは、どうやら、大きなネタを入手したようだ。

 社主のキャサリンは、父親の代から、マクナマラと親しくつきあっている。マクナマラは、すでにベトナム戦争には勝てないことを知っていて、キャサリンに、近く、報道が出ることになると打ち明ける。

 ニューヨーク・タイムズに、エルズバーグのリークした文書の一部が記事になる。アメリカ政府が長年、公表したベトナム戦争に関する情報が虚偽だったことが明るみに出る。ニクソン政権は、国家の安全保障を脅かすとして、連邦裁判所に、ニューヨーク・タイムズの記事の差し止め命令を要求する。

 ワシントン・ポストの編集局次長のベン・バグディキアン(ボブ・オデンカーク)は、以前、ランド研究所に在籍していて、リークしたのが元同僚だったエルズバーグであることを突き止める。やがてバグディキアンは、文書の全文コピーを手にいれる。

 文書の公表には、周囲の反対意見がある。記事を出せば裁判になる、裁判に負ければ全員、刑務所行きになる。

 状況を理解しているマクナマラは、キャサリンに忠告する。「ニクソンはクソだ、あらゆる手で、君に圧力をかける。葬られるぞ」と。ブラッドリーは叫ぶ。「この記事を諦めれば、自由の火が消える」と。

 最終決断を下すのは、社主のキャサリンである。キャサリンの決断とは……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」
(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

2018年3月30日(金)、TOHOシネマズ日本橋、新宿バルト9、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト

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