マルクス・エンゲルス 【今週末見るべき映画】

2018年 4月 27日 08:00 Category : Art

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 今年2018年は、カール・マルクスの生誕200年にあたる。ちょうど、この節目の年に、若きマルクスと、フリードリヒ・エンゲルスが知り合い、有名な「共産党宣言」を書き上げるまでを描いた映画「マルクス・エンゲルス」(ハーク配給)が公開となる。


 1848年に書かれた「共産党宣言」は、周知のように、後の世界に、多大の影響を与えることになる。序文は「ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である」(岩波文庫・大内兵衛、向坂逸郎 訳)で始まり、全4章。第1章「ブルジョアとプロレタリア」の冒頭が、「今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」。そして、第2章「プロレタリアと共産主義者」、第3章「社会主義的および共産主義的文献」、第4章「種々の反対党に対する共産主義者の立場」と続き、最後に、「万国のプロレタリア団結せよ!」で結ばれる。


 1840年代のヨーロッパ。産業革命のもたらした歪みが多大の格差を生む。不当な労働を強いられ、貧困がのしかかる。ときに、カール・マルクス、26歳。フリードリヒ・エンゲルス、24歳。

 新聞紙上で、徹底した政治批判を繰り出すマルクスは、ドイツを追われ、フランスのパリに赴く。マルクスは、エンゲルスと出会い、エンゲルスの経済理論に注目する。マルクスとエンゲルスは、深い友情で結ばれる。

 激動の時代である。資本家と労働者の対立がエスカレートする。「自らを解放し、世界を解放する」とばかりに、マルクスとエンゲルスは、「共産党宣言」の執筆に取り組んでいく。


 マルクスとかエンゲルスというと、なにか小難しい、政治や経済の話と思われるかもしれないが、この映画はそうではない。マルクスもエンゲルスも登場するが、難解な、小難しい話は、まったく出てこない。ふたりの若者が、今の社会のおかしさに気付き、その変革を目指す話である。マルクスやエンゲルスの名前は聞いたことがあるが、どういう人物か、くわしくは知らない、といった人でも、よく分かるストーリー、語り口である。


 映画は、奇をてらわない。あざとさとも無縁。誠実で、清潔な作風で、若きマルクスとエンゲルスの友情と、その生きた時代を克明に描いていく。また、映画の背景となるドイツ・ベルリンの新聞社、イギリス・マンチェスターの紡績工場、マンチェスターの貧しい人たちの暮らしぶりなどが、いきいきと、リアルに切り取られる。


 マルクスとエンゲルスは、のちに大作「資本論」を完成させるが、ふたりの生涯をまともに描くとなれば、映画の時間は計り知れないほど長くなるはず。監督のラウル・ベックは、若き日のマルクスとエンゲルスが出会い、社会への怒りに共感し、変革を志し、「共産党宣言」を書くまでを、ほぼ2時間に集約する。あざやかな手並みだ。


 ハイチ生まれのラウル・ベックは、少年時代をコンゴで過ごしたこともあって、2000年に、「ルムンバの叫び」という映画を撮っている。郵便局員からビール会社のセールスマンを経て、首相にまで上り詰めたルムンバの短い人生を、細部にまで目配りをきかせた傑作である。最近では、ドキュメンタリー映画ながら、昨年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた「私はあなたの二グロではない」を撮っている。その誠実な仕事ぶりは、もっと高く評価されていい。

 マルクスを演じたのは、アウグスト・ディール。残された肖像からは、ちょいと近寄り難い雰囲気のあるマルクスを、どこにでもいるような、血気盛んな若者として、うまく造型したと思う。「ヒトラーの贋札」、「イングロリアス・バスターズ」、「リスボンに誘われて」、「マリアンヌ」など、豊富なキャリアを誇る。


 エンゲルス役のシュテファン・コナルスケは、始めて見るが、老獪な演技で、アウグスト・ディールと互角に渡り合う。

 無政府主義者で著名なジョセフ・プルードンに扮するのは、一連のダルデンヌ兄弟作品でおなじみのオリヴィエ・グルメ。貫禄、余裕の演技で、実在の人物をこなす。

 いつの時代でもそうだが、世の中は、今日よりも明日、よりまともな社会であることが望ましい。マルクスとエンゲルスは、ことさら聖人君主というわけではない。よりまっとうな社会を目指した、ふつうの若者である。よりまっとな社会を目指すことは、いつの時代でも、あたりまえのことである。マルクス生誕200年になるが、若いマルクスは決意する。「変革するべきだ」と。いまの日本の政治や社会状況を思う。まっとうな社会になるよう、変革すべき、なのだ。

 映画「マルクス・エンゲルス」には、ボブ・ディランが1965年に作った「ライク・ア・ローリング・ストーン」が添えられる。人生の転落は、ほとんどの人にあてはまる。「いま裕福でも、明日は転がる石のように、どうなるか分からない」。

 監督のコメントにこうある。「30歳を迎えるよりも前に、マルクスとエンゲルスは世界を変え始めていた。善かれ悪しかれ。この映画が描きたかったもの、それは、若さと、思想の革命である」。

 いま、マルクスとエンゲルスの生きた時代と、本質的には大差のない社会だろう。いまこそ、「変革」のときと思う。

●Story(あらすじ)
 イギリスの産業革命以降、世の中が大きく変わる。貧困、格差、差別が生じる。もともと、森は、みんなのものだったが、いまは枯れ枝の一本までもが、森の所有者のもので、一般の庶民が暖をとるために枝一本拾うのも、命がけになる。

 1840年代はじめ。ベルリンのライン新聞の記者で、26歳のカール・マルクス(アウグスト・ディール)は、いまの政治、社会に憤っている。新聞で、政府を批判、告発を繰り返している。当局の取り締まりの対象になり、新聞は発禁になる。「発禁? 上等じゃないか。皆でブタ箱へ行こう」とマルクス。マルクスは、追われるように、フランスのパリに逃れる。

 24歳のフリードリヒ・エンゲルス(シュテファン・コナルスケ)は、イギリスのマンチェスターにある紡績工場のオーナーの息子だ。エンゲルスは、父の独裁的な経営方針に疑問を抱いている。エンゲルスは、労働者階級の実態を知ろうと、なんども貧民窟に足を運ぶ。エンゲルスは、搾取される労働者の実態を知ることになる。同時に、ここでエンゲルスは、後に妻となるメアリー・バーンズ(ハンナ・スティール)と出会い、より労働者階級の現実を知ることになる。

 1844年、パリ。マルクスは、元は貴族の出の妻イェニー(ヴィッキー・クリープス)と、幼い娘の三人で、つましく暮らしている。マルクスの考え方は、さらに先鋭化していく。マルクスにとっては、1846年に「経済的矛盾の体系、または貧困の哲学」を上梓したジョセフ・プルードン(オリヴィエ・グルメ)でさえ、批判の対象となる。マルクスの生活は、相変わらず、苦しいままである。

 エンゲルスが、パリにやってくる。マルクスとエンゲルスは、かつてベルリンで知り合ってはいたが、それぞれの印象は、あまりいいものではなかった。エンゲルスは、マルクスの書いた「へーゲル法哲学批判序説」を読んでいて、「君は天才だ」と思いを新たにする。マルクスもまた、エンゲルスの書いた「イギリスにおける労働者階級の状態」を絶賛する。ふたりは、それぞれ、永遠の理解者となることを確信する。

 ヨーロッパは激動している。1844年、マルクスとエンゲルスは、青年へーゲル派や、当時、隆盛のブルーノ・バウアー一派の思想潮流を批判した「聖家族」を出版する。

 エンゲルスはブルジョアの出身である。共産主義の啓蒙活動に、葛藤がつきまとう。マルクスもまた、自らの主張、言説が受け入れられない悩みを抱えている。エンゲルスの妻メアリー、マルクスの妻イェニーは、それぞれの夫を支え続けている。

 そんなころ、マルクスとエンゲルスに、ロンドンの「正義者同盟」から、ある知らせが届く。ふたりが、「万国のプロレタリア団結せよ!」と呼びかける、まさに前夜である。(文・二井康雄)

<作品情報>
「マルクス・エンゲルス」
(C)AGAT FILMS & CIE - VELVET FILM - ROHFILM - ARTEMIS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA – JOUROR – 2016 

2018年4月28日(土)、岩波ホールほか全国ロードショー
公式サイト

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