今週末見るべき映画 「長江哀歌(ちょうこうエレジー)」

2007年 8月 24日 12:30 Category : Art

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 ブレヒトの書いた「セツアンの善人」という芝居がある。善人を探す神様に見染められた娼婦が、神様からもらったお金で煙草屋を営む。周りの人間は、お人好しの彼女にたかり続ける。彼女は悪人に変身して、なんとか生き延びる、という話である。セツアンとは中国・四川(スーチュアン)のことだろう。

 2006年ベネチア国際映画祭金獅子賞グランプリを受賞した、ジャ・ジャンクー監督の新作「長江哀歌(ちょうこうエレジー)」を見た(ビターズ・エンド、北野オフィス配給)。


 原題は「三峡好人」。映画の舞台になった奉節は、四川省の東のはずれ。中国の国家的プロジェクト三峡ダムの建設で、町の大半は、水に沈んだところである。中国語の好人とは、善人のこと。映画「三峡好人」のタイトルは、あきらかに「セツアンの善人」を意識したものと思われる。


 「長江哀歌」は、ダム工事で沈みつつある町を舞台に、妻子を探す夫の話と、夫をさがす妻の話が、同時に進行してゆく。自然の絶景がいまなお残っているけれど、町はすこしづつ破壊されてゆく。それでもここに踏みとどまって、必死に生きていく人たちの点描を通して、ジャ・ジャンクーは、「いま」という時代をあざやかに切り取った。

 去る6月、監督のジャ・ジャンクーが来日、インタビューの機会があった。黒のポロシャツに黒のシャツの重ね着。精悍な雰囲気である。


 2600年の歴史のある町が、たった2年で壊される。100万人以上もの人が住んでいたのに。ここに中国の社会が集約されているイメージを受けて、興奮した、と言う。同時に、このような場所にあっても、人は働き、前向きにエネルギッシュに生きている、そのことにも心動いたとのこと。

 撮りたかったのは、個人ではなく社会、個人個人がそれぞれの現実にどう向き合うかを撮ることで、いまの中国だけでなく、世界に共通する「社会」を描きたかった、と語る。


映像が見事である。ジャ・ジャンクー作品で、何度も撮影監督を務めるユー・リクウ
イについて聞いてみた。「どのシーンも、常に新しいビジュアルを相談して考えている。初めて奉節に来たとき、伝統的な絵画の手法で、山水画のように撮ることにした。カメラは引いて、横に移動、ちょうどパノラマのように。ゆるいフォーカスで、薄いグリーンのフィルター。彼はプロ中のプロ」



 前作「世界」でもそうだったが、ユーモラスでシュールなシーンもいくつか。モダンなモニュメントが、突然、空中に舞い上がる。水没したのを記念して作られたものが、予算不足でそのまま放置されている。余計なものだから、飛ばしてみた、とのこと。
 
 ラスト近くにも、象徴的なシーンがある。人工の巨大な橋に重ねて、過去から未来への結びつきをイメージした、すてきな映像が出てくる。人工の橋よりも、巨大なダムよりも、もっともっと大切なものがあるのではないか。ジャ・ジャンクーは、映像でも訴えている。

 自然の絶景に、ほろびゆく町。それでも人は、必死に生き抜こうとする。喧噪に溢れた町だけれど、人の暮らしは、静謐そのものである。長編わずか5作にして、ジャ・ジャンクーは映画の歴史に残る作品を撮り終えた。

【story】
 三峡ダムの建設で、沈みゆく町、奉節。16年前に別れた妻子に会うために、山西省の炭坑で働くサンミン(ハン・サンミン)が、船で奉節にやってくる。残された町には大きな橋が懸かり、船がゆったりと行き来する。三峡の景色は、ここ奉節でもなお絶景である。

 サンミンは、妻が住んでいた場所を訪ねるが、そこはもう水の底である。土地の気のいいチンピラのすすめで、役所に出向いても、妻の消息は分からない。ある男から、妻の兄の居所を教わって、サンミンは義兄を訪ねる。妻はずっと南で働いているという。とりあえず安宿に泊まり、建物の解体作業の職に就くサンミン。

 おなじころ、奉節に働きに出たまま二年間、帰らない夫を探すシェン・ホン(チャオ・タオ)が、船を降りる。夫は、違法を知りながら、住民立ち退きを強制する仕事をしているらしい。夫の友人は、シェン・ホンを屋外の社交ダンス場に連れてゆく。ダム建設で大金を手にした男がいる。合図をすると橋に灯が点る。この橋は自分が作ったのだと言う。

 やっとシェン・ホンは夫と出会う。夫の不倫を知るシェン・ホンは、夫に嘘をつく。好きな人がいる、明日、その人と上海に行く、と。一人で船に乗るシェン・ホン。その船が行く峡谷を、サンミンが見つめている。義兄からの電話で、サンミンは妻の消息を知ることになるが…。

8月18日より、シャンテシネほか全国順次ロードショー

公式サイト

文/二井康雄

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