今週末見るべき映画「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」

2008年 7月 25日 00:00 Category : Art

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 もう半世紀前、1956年に作られた短編映画の傑作、アルベール・ラモリスの「赤い風船」に、やはり傑作「恋恋風塵」「悲情城市」の監督ホウ・シャオシェンがオマージュを捧げたのが「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」(カフェ・グルーヴ、クレストインターナショナル配給)である。



 パリにあるオルセー美術館の開館20周年を記念した劇映画製作に、ホウ・シャオシェンが選ばれた。

 まことに至福の、ゆったりとした映画の時間が流れていく。劇的な大きな事件は起こらない。パリを舞台に、日常のささいなトラブルに直面する人形劇のナレーション女優スザンヌと7歳の息子シモン、そのベビーシッターを務める中国人留学生の女性ソンが、主な登場人物である。

 映画は、この3人の日常を、淡々と描く。実際に経過する時間がそのまま、映画の時間であるかのように、ゆっくり、おだやかに流れていく。

 スザンヌ役のジュリエット・ピノシュが、これがもう自然体の演技、見ているうちに、まるでスザンヌの家にいるかのような感覚が襲ってくる。

 スザンヌは、家賃を払わない店子の横暴、音信不通の夫へのいら立ち、人形劇の新作上演を控えてのあせりなど、日常のいらだちを露わにさせながらも、寄り添うように仕えるソンと息子の存在から、やがて少しづつ、変化を見せていく。その変化は、次のような出来事からも明らかである。

 ソンは、スザンヌに頼まれて、人形劇の中国人先生の通訳を引き受ける。目立たないけれど、ソンが側にいるだけで、スザンヌの気持ちがおだやかになっていく。スザンヌがやっと電話のつながった夫に言う。「頼りになる男性がいるわけでもない」。シモンが言う。「ぼくがいるよ」と。

 シモンが習っているピアノを調律するシーンがある。盲目の調律師が、調律している。そこにスザンヌが帰ってくる。スザンヌはあいかわらず落ち着きのない態度だが、ふと、ごく普通に、場所が分かりました? と聞くと、案内されましたから、と調律師が答える。調律の音が、澄んだようにあざやかな調べを奏で始める。ジュリエット・ピノシュの仕草、表情は、演技を超えて、本当に自然、驚くばかりである。


 描かれる風景は、日常のさりげないやりとりである。観客は、この状況を見て、登場人物の心の状態を察知できるかどうかで、映画への感情移入が決まってくるように思える。

 赤い風船が空に浮かぶ。ゆっくりと動き、近づいてくる。3人の日常を、優しく見つめ、守っているかのように。

 スザンヌが上演しようとする人形劇は、中国伝統の人形劇で、大河の流れに人生をたとえた雄大なものである。そのさわりが何度か登場する。まるで、スザンヌたちの人生を表しているかのように。傑作「赤い風船」へのオマージュに値する、見所、感じ所の多い佳作である。

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