今週末見るべき映画「ブッシュ」

2009年 5月 15日 10:00 Category : Art

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 オリバー・ストーン監督の新作は、アメリカの名門ブッシュ家に生まれ、第43代大統領になるジョージ・W・ブッシュの伝記である。原題は、ジョージ・ウォーカー・ブッシュのミドルネームの「W.」。邦題はズバリ「ブッシュ」(角川映画配給)。

 9・11の同時多発テロへの報復でイラクに侵攻し、また数々の失言で、史上最低の大統領といわれたブッシュである。第41代の大統領だった父との葛藤の末、いかにして大統領になり、どのような大統領だったかが、精細に描かれる。


(c) 2008 Prescott Productions, LLC All Rights Reserved

 これが痛快に面白い。もちろんブッシュのボンボンぶりが丹念にスケッチされるが、アメリカ国民からは、結構な支持を集めるほどのカリスマ性を持った、愛すべき人物の側面もあわせて描かれる。「ノーカントリー」で、殺し屋に追われる主人公を演じたジョシュ・ブローリンが、声まで似せてブッシュ役を演じる。

 父ブッシュの援護で、彼はバカ騒ぎをしても無罪放免である。スポーツ用品会社、石油会社、投資会社などに勤めるが、どこも長続きはしない。優秀な弟と違って、父からは常に苦言が飛ぶ。いわば、父親に対する大きなコンプレックスを抱えたブッシュ像が提示される。

 同時に、ホワイトハウスの面々も痛烈に戯画化された形で登場する。これもまた、笑いを誘うほどの精巧さ。石油利権にまみれるディック・チェイニー副大統領をリチャード・ドレイファスが、イラク侵攻を推進した国防長官ドナルド・ラムズフェルドをスコット・グレンが、湾岸戦争を指揮した国防長官コリン・パウエルをジェフリー・ライトが、ブッシュ政権第1期の国家安全保障問題担当の大統領補佐官、ひたすらイエスマンのコンドリーザ・ライスをタンディ・ニュートンが演じる。著名な俳優が、実在の人物、それも現代の政治家に扮し、さながらそっくりさんショーの趣向だ。

 冒頭、9・11への報復をめぐる閣議は、ホワイトハウスのあらゆる現実を言い当てているようで、明快そのもの。イラン、イラク、北朝鮮を、第2次世界大戦になぞらえて「悪の枢軸」と定義するくだりは、見事である。なるほど、こういうプロセスで政策が決まるのかと、納得と同時に、薄ら寒くなるほどのリアリティを覚える。

 また、イラク開戦時期を決めるシーンがある。牧場で道に迷い、ぞろぞろと閣僚連中が歩く。イラクの夏は暑い。攻めるなら3月までにしよう、と。


(c) 2008 Prescott Productions, LLC All Rights Reserved

 オリバー・ストーンはなぜか、アメリカ大統領関連の作品がお好みのようである。いまだ謎のままのケネディ暗殺の闇に迫った「JFK」、そして失脚した大統領をシリアスなドラマにした「ニクソン」を監督、この「ブッシュ」が3本目になる。

 アメリカの歴史上、親子で大統領になったのは、アダムズ父子についで2組目。パパ・ブッシュは、CIA長官から大統領になる。ブッシュ家は名門であり、かつ石油採掘で富を得た金持ちである。その息子ブッシュ・ジュニアは、田舎の坊ちゃんで野球好き、どちらかといえば、そう頭の良くない人物である。

 映画は、一見ブッシュ・ジュニアの伝記の形をとりながら、痛烈なホワイトハウスの人物たち、つまりはアメリカ政治へのカリカチュアとなっている。しかも、ただ単にブッシュ周辺の戯画だけではない。人間ブッシュをていねいに描くことで、ブッシュの愚かさ、人臭さにむしろ同情するかのような演出がある。イラクで負傷した戦士を、ブッシュ夫妻が見舞うシーンがある。家族からは無視されるのに気づかぬ振りをして、戦士を誉め称える。まことに皮肉極まりない。アメリカという国全体が、何を考え、どこに向かおうとしているのか、また、なぜオバマがいまの大統領なのかの答えが、鮮やかに浮かび上がる。

 大量破壊兵器はいまも見つからないままである。喜劇悲劇の入り交じった政治のドラマは、まことに皮肉なドラマである。1人の大統領というより、アメリカという国が、イラクやアメリカの名もない普通の人たちを、いったい何人殺したのかが、実は大問題であるはずなのだが。

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