今週末見るべき映画「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」

2010年 7月 30日 14:00 Category : Art

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 ついこの7月、アメリカでロシアの美人スパイが拘束された。ボンド・ガールなみの美女である。結果、アメリカで拘束されたロシアのスパイ10名と、ロシアに拘束されていたアメリカのスパイ4名との交換で、一件落着したようである。

 東西冷戦が終結、旧ソ連が崩壊して、もう20年以上の時間が経過しているのに、現実は小説、映画以上の展開である。よほど、一般には知られてほしくない政治的、軍事的な事情が、アメリカ、ロシア双方に存在するらしい。

(C) 2009 NORD-OUEST FILMS

 「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」(ロングライド配給)は、旧ソ連で起こった、20世紀最大のスパイ事件といわれている「フェアウェル事件」を描く。現実にいま、スパイ交換事件が起こり、何というタイミングの良さ!

 「影の訪問者」(時事通信社)という本がある。フランスのジャーナリスト、ティエリ・ウォルトンが、フランスの防諜機関DST(内務省国土監視局)の長官を務めたことのあるマルセル・シャレに、インタビューする。フェアウェル事件が、どれほど重要な事件だったかというウォルトンの問いに、シャレは答える。「アメリカのその筋の権威が名づけたとおり、まさしく『鉄のカーテンに開けられた意義深い最初の突破口』だったのだ」と。

 マルセル・シャレこそ、このフェアウェル作戦を指揮した張本人である。本の第1部にあたる「稲妻のフェアウェル」での、ウォルトンのインタビューからは、映画で描かれたフェアウェル作戦の全貌が浮かび上がる。

 映画は、リアリティたっぷり。現実には私生活が不明だったグルゴリエフの暮らしぶりが、丁寧に描かれる。息子は西側の音楽に憧れている。グリゴリエフは、息子のために、ウォークマンやクイーンのカセットテープを入手して、息子に与えたりする。

 1981年、ソ連はブレジネフ政権末期である。KGB(国家保安委員会)のグリゴリエフ大佐が、KGBの集めた極秘資料を、フランス側に流し続ける。資料には、KGBの収集したアメリカの軍事機密、西側にいるソ連のスパイ・リストなど、一級の極秘機密が含まれている。

 「フェアウェル」とは、グリゴリエフの暗号ネーム。なぜ、グリゴリエフは、西側に情報を流したのか。結果、フランスとアメリカは、どのように判断したのか。グリゴフエフとフランス側の窓口は、どのようになったのか。そして、ソ連はどのようなことになっていったのか。

(C) 2009 NORD-OUEST FILMS

 映画は、地味に、重厚に、丹念に、グリゴフエフと、フランス側の接触と、それぞれの立場での、人間の苦悩を描いていく。スリリングである。事情が判明すればするほど、ふたりの立ち位置が明確になっていく。そして、浮かび上がるのは、国家と政治に翻弄された、ごくふつうの人間の、ごくふつうの感情である。それは、誰しもが抱く、よりよく生きたいという、ごくふつうの感情である。

 俳優が達者である。グリゴリエフを演じるのは、なんと映画監督のエミール・クストリッツア。旧ユーゴスラヴィアのサラエヴォの出身である。クストリッツアは、傑作「パパは出張中!」で、痛烈な国家批判を展開した。最近では「アンダーグラウンド」や「ライフ・イズ・ミラクル」などを監督、いずれも傑作と思う。フランス側の窓口役は、ギヨーム・カネ。「戦場のアリア」などに出演しているが、「僕のアイドル」などの映画監督でもある。CIAの高官に、ごひいきのウィレム・デフォーが扮する。出番は少ないが、重要な役どころを、重厚に演じる。

 派手なアクション・シーンなどは、まったく、ない。地味に、歴史の闇を追い、よりよく生きようとする人間の苦悩を、見事にドラマ化したのは、クリスチャン・カリオン。この夏、見応えたっぷりの一本だ。

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