Interview:三保谷友彦 「倉俣史朗を語る」

2011年 4月 9日 10:34 Category : Design

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―三保谷さんと倉俣さんは、職人とデザイナーとしての理想的な関係を築いていたと感じます。

 俺は倉俣教の第一号信者で、子分だから(笑)。弟子はたくさんいるけど、子分は俺しかいない。倉俣の印半纏は、僕と倉俣さんだけが持ってたんですよ。印半纏っていうのはお店(おたな)から出入りの職人にあげるもの。洒落で「つくってくださいよ」と言ったら「そんな金無いもん」って。じゃあ「僕がつくってもいいですか」って言ったら「いいよ」って。それで、倉俣家の家紋っていうのは、八角形に「二」という字なんだけれど、倉俣さんはグラフィック的にそれがイヤで、丹下左膳と同じ、六角二文字がいいと。「家紋変えちゃっっていいんですか?」って言ったら「いいよ」って(笑)。僕が羽二重で、倉俣さんが紬で、生地を変えて同じ染めでつくった。倉俣さんは、そういうことも楽しむ、洒落っ気のある人。倉俣さんの紬は、葬儀のときにお棺の中にいれてもらったから、もうありません。今回の展覧会のオープニングで僕は半纏を着て出たけれど、もう着ることもないだろうね。

「硝子の椅子」

「硝子の椅子」(1976年)

―今、もし倉俣さんが生きていたとしたら、どんな仕事に取り組んでいたと思いますか。

 何しろ倉俣さんは江戸っ子だから、新しもの好きで、何でも最初にやろうとしていた人だからね。本質を見抜く力がすごいから、限界もぱっとわかるんだと思う。その限界を越えるものを、つくろうとしていた。たとえば、「硝子の椅子」(1976年)。板ガラスの小口を透明に接着できなかったのが、紫外線をあてれば透明で硬くなる接着剤ができて、それで美しく板ガラスを組むことができるようになった。その技術を見て、倉俣さんはたった30分で「硝子の椅子」のデザインを描き上げた。乃木坂の「ルッキーノ」(1987年)では透明のプリント配線ができないかと、さんざんやっていた。インゴ・マウラーが特許を取ったとかいってるけど、そんなもの、とっくの昔に倉俣さんはやってる。

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